中学、高校の北島康介を教えるとき、「コーチが前に出て引っ張りすぎてはいけない」と心掛けていました。シーズンが終わってミーティングをするとき、動機づけをして来季の目標を引き出していましたが、コーチの役割は目標に向かって努力する選手を手伝うことだと言ってきました。
やらされている練習ではいずれ頭打ちになります。自ら厳しい練習に立ち向かって自分の限界を超えていってほしい、と考えていました。それと同じことを今、改めて感じています。
スランプに陥った選手との距離を縮めて理解することは必要ですが、理解しすぎていたかもしれません。「選手の思いありき」という原点から見れば、徐々に手放してあげるところが下手だったかな、と思うところがあります。動機づけはするけれど、少し距離を取って、俯瞰(ふかん)するようなことも重要だと思います。
連勝記録が69で止まった横綱双葉山が「我、いまだ木鶏たりえず」という電報を打った話を本で読み、ときどき思い出します。闘鶏で周囲を威嚇するのはまだまだ、どんなに強い敵が来ても木彫りのように動じない、中国の故事「木鶏」のような最強のチャンピオンを再び育ててみたい。
2年連続で五輪イヤーを迎え、同じメンバーで練習が継続できていることで、選手は確実に力をつけています。どんな環境にも対応できる精神的なたくましさを身につけて、選手が独り立ちできる自己を形成するためにどんな指導が必要か、日々考えながらシーズンに向かっていきます。
(構成/本誌・堀井正明)
平井伯昌(ひらい・のりまさ)/競泳日本代表ヘッドコーチ、日本水泳連盟競泳委員長。1963年生まれ、東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。86年に東京スイミングセンター入社。2013年から東洋大学水泳部監督。同大学法学部教授。『バケる人に育てる──勝負できる人材をつくる50の法則』(朝日新聞出版)など著書多数
※週刊朝日 2021年1月29日号