大坂本願寺の法主(ほっす)・顕如は信長の軍門に下ったが、その子・教如は従わず出奔した。この教如が足利義昭や光秀と結託して本能寺の変を起こしたとする説。反信長という「動機」が明確であること、教如の動きが謎に包まれていることなどから注目された。
<長宗我部元親黒幕説>
信長の四国政策転換により、討伐される危機に陥った元親が、信長政権との取次であり、懇意にしていた光秀を動かして謀叛を起こさせたとする説。四国政策転換で面目を失った光秀が、長宗我部家を救うために本能寺の変を起こしたとする説とも近似性がある。
<毛利輝元黒幕説>
信長の中国攻めで追い込まれていた毛利輝元が、保護下におく足利義昭を通じて光秀に接触。光秀を動かして謀叛に至らせたとする説。安国寺恵瓊(えけい)が根回し役、里村紹巴(じょうは)が監視役だったといった想定もある。本能寺の変後、輝元は光秀を見捨てたとする解釈もある。
<堺商人黒幕説>
今井宗久をはじめとする堺の商人たちが、信長の天下統一を阻止し、自治都市・堺の権益を守るために光秀に謀反を起こすよう仕向けたとする説。商人たちは光秀に資金や武器の提供を約束したとする。千利休が単独で光秀を動かしたとするバリエーションもある。
<イエズス会黒幕説>
天下取りを目前とする信長が自らの神格化を図ったことに危機感を覚えたイエズス会、あるいは宣教師のルイス・フロイス個人が事件の黒幕だったとする説。光秀の娘の玉(ガラシャ)を通じて光秀に接近し、信長暗殺を実行に移させたと推理する。
<オランダ黒幕説>
ハプスブルク家と手を組んだ信長と、ローマ教皇と結んだ本願寺が、日本で代理戦争を繰り広げたという構想。ハプスブルクと対立す
るイギリスとオランダが、徳川家康を通じて光秀と接触。自陣に引き入れて信長を討たせたとする、壮大なスケールの設定。
<森蘭丸黒幕説>
信長の側近である森蘭丸は、信長の寵愛を集めた寵童ではなかったとする。信長に心酔する蘭丸は、信長と心中することで、その心と体を独占することを願う。その実現のため、蘭丸は光秀を陥れて自らの地位に不安を抱かせ、ついに謀叛へと至らせた、とする。石原慎太郎が著書『信長記』で示した。
(文/安田清人)
※週刊朝日ムック『歴史道』vol.13より
監修・矢部健太郎(やべ・けんたろう)
1972年東京生まれ。國學院大學教授。日本中世史を専攻し、とくに室町・戦国・織豊期の政治史・制度史・公武関係史研究に取り組む。主な著書に『豊臣政権の支配秩序と朝廷』『関ヶ原合戦と石田三成』(以上、吉川弘文館)、『関白秀次の切腹』(KADOKAWA)など。