ジャズを聴くための喫茶店「ジャズ喫茶」は、日本独特の文化らしい。その第1号は1929(昭和4)年、東京・本郷の東大赤門前で開業した「ブラックバード」。以来、数々の名店が生まれた。戦前からのエスプリを脈々と受け継ぐ、今どきの人気店を訪ねてみた。レポートは音楽ライターの和田靜香氏。

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 訪ねたのは、東京・四谷の「いーぐる」。入り口には〈ただいまのお時間は、お静かにお聴きくださりますよう、お願いいたしております〉と記したボードが掛かっている。

 開店時から午後6時までは会話禁止。緊張して店へ入ると、そこはシックで落ち着いた空間だった。ジャズが優しく降るように響き、耳をつんざくような爆音はない。おしゃべりなどせず、自然と音楽に浸っていたくなる。「会話禁止」は必然かもしれない。

「いーぐる」は後藤雅洋さん(65)が1967年に、20歳で始めた店だ。開店休業状態だった父親のバーをジャズ喫茶に変えた。当時の後藤さんは、ジャズのことをあまり知らず、ただ「かっこいいから」と始めたのだという。

「最初の5年は、お客さんにジャズを教えてもらいましたが、おかげでいろんな視点が持てて良かった」

 後藤さんは、著書『ジャズ喫茶リアル・ヒストリー』(河出書房新社)に、当時のジャズ喫茶は「一種の文化サロン」であり、「(大学紛争の)機動隊との闘争の出撃基地であり、デモ帰りに一息つく場所になっていった」と綴っている。

「お店は趣味だけで続きません」。そうキッパリと言う。半世紀近く店を続けてこられたのは、商売とジャズをバランス良く見つめる目があったからだろう。

「ジャズ喫茶は店主次第。人柄がそのまま店に表れる」とよく言われるが、なるほど、この店の落ち着きは後藤さんが培ってきた人生の時間そのものだ。

週刊朝日 2013年4月19日号