地震や津波などの災害時には「命を守る行動」が求められるが、その判断には正確な情報が必要だ。東日本大震災をきっかけに生まれた防災アプリは、その判断を助けるべく、日々精度を高めている。AERA 2021年3月8日号から。
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2月13日23時過ぎ、スマホが鳴った。福島県沖での地震発生を知らせる防災アプリの通知だった。
地震や津波、気象情報を配信する「特務機関NERV(ネルフ)防災アプリ」がこの日、気象庁発表の緊急地震速報を受信・解析し、対象を選んで情報を送り始めるのにかかったのは0.466秒。速いケースで約2秒後には端末に届いたと見られる。東京の場合、通知から主要動到達までに30秒以上猶予があった。
アプリを開発するのはITセキュリティー会社、ゲヒルン。社長の石森大貴さん(30)が趣味で始めたツイッターアカウントが元になっている。
アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の大ファンだった石森さんが、作中の「特務機関NERV」の名を冠して気象警報などをつぶやくアカウントを開設したのは2010年。初年度300人程度だったフォロワーは、翌年の東日本大震災で万単位にまで伸びる。
宮城県石巻市出身。実家は全壊し、家族とも連絡が取れなくなった。東京にいた石森さんは、節電の呼びかけや物資情報を次々にツイートする。
「何かできることをという思いと現実逃避の両方で、ツイッターに張り付いていました」
幸い家族は無事だったが、多くの知人を亡くした。震災を機に、石森さんはNERVに全力を傾ける。気象庁に専用線を敷くなど情報の速度と精度を高め、プログラムの修正も繰り返す。いつしか「最速の防災アカウント」と呼ばれるように。19年に地震動の予報業務許可も得た。情報を網羅的に流すツイッターと異なり、アプリでは揺れが予想される地域だけに通知を出す。
ツイッターのフォロワー、アプリ利用者はともに約120万人。昨年の豪雨災害の際は、「NERVのおかげで家族が土砂災害に巻き込まれるのを防ぐことができた」とのメールが届いた。いまや、社会インフラともいえる存在だ。
そして、挑戦はなおも続く。
「プログラムを何度も書き換えてミリ秒単位の改善を繰り返しています。一部の計算は個々人の端末内で処理する仕組みも組み込みました」
「人間は気づけない」レベルのわずかな時間を削り出す先に、何を目指しているのか。
「情報だけで命は救えないけれど、『判断』には情報が必要です。命を守る判断をいち速くしてもらうため、どこよりも速く、正確に情報を届けます」
(編集部・川口穣)
※AERA 2021年3月8日号