政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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2週間延長した首都圏4都県の非常事態宣言が21日に期限を迎え、どうやら政府は解除の方向に舵を切りそうです。政府の発表以前の脱稿なので公式の決定ではありませんが、この解除は「解除ありき」が先行した決定なのか。どんなエビデンス(根拠)に基づいたものなのか。今後リバウンドが起きた場合、また宣言を発出することになるのか。その場合、どんな指標が決め手になるのか。変異株の検査体制充実のためにどんな対策を講じる予定なのか。こうした諸々の問いに政府は、国民に向けてたっぷりと時間をとってかんで含めるように説明すべきです。
現下のコロナ禍の世界的な拡大という未曽有の危機の中、政権は難しい判断と選択を迫られていることは間違いありません。ただ重要なことは、何を優先させ、何を後回しにするのか、そのプライオリティー選択の基準です。優先されるべきは国民の生命と暮らしであり、日々の生活の糧が得られる条件を整えるのが政府の役割なはずです。国民の過半数が延期や中止を望んでいる五輪開催を最優先させ、逆算してそのスケジュールに合うようにコロナ対策を調整したり、政権浮揚のために外交の舞台設定を優先させたりすることは、「国民益」にかなうと言えるのでしょうか。
中国の非道な弾圧や対外的な力の膨張は由々しい事態であり、米国を中心に多国間の協力関係のネットワークを強化し、その重要な一角を日本が担うことは戦略的にも合理的な選択と言えるかもしれません。他方で中国に対しては断固とした対決の姿勢を崩さないとともに、経済的な相互依存を深めていく戦略的な選択肢が不可欠であり、対決と依存のバランスを取りながら日米や日米韓、さらに日米豪印などの二国間、多国間調整を図っていく必要があるはずです。そうした総合的な外交戦略も生煮えのまま、政権の支持率アップと浮揚が優先されているとしたら再考が必要でしょう。
いま国民が望むのは、派手な国家的イベントでもなければ、一見華々しい外交的な舞台劇でもなく、地味ではあっても信頼に足るコロナ感染拡大を着実に抑え込む施策であり「国民益」を優先させる政策のはずです。
姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
※AERA 2021年3月29日号