「4回転アクセルを目指す道の上に五輪があるなら、考えます。でも最終目標は五輪の金メダルではなく、あくまでも4回転アクセルを成功させることです」
■5本の4回転を成功
一方で、多くの期待を背負い3連覇を果たしたのは米国のネイサン・チェン(21)。ジャンプの技術、演技、スタミナすべての面でピークを迎えている。
しかしショートの冒頭、4回転ルッツで転倒。転倒したのは18年のGPファイナル以来というほど、珍しいミスだった。
「跳んだ瞬間にミスとわかりました。これは僕が進化するためのチャンスと受け止めています」
気持ちを持ち直したフリーは、非の打ち所のない演技だった。計5本の4回転を成功させ、朝の公式練習で唯一ミスしたトリプルアクセルも本番では降りた。複雑なフットワークを正確無比に操る一方で、感情的に演じた。演技後は息がまったく上がっておらず、320.88点で、圧巻の3連覇だった。
「今日は一瞬一瞬を抱きしめるような気持ちで、胸に刻みながら演じました。とても幸せです」
来季は新プログラムを作る可能性が高いと語ったチェン。北京五輪に向けて、最善の戦略を練ってくるだろう。
■緊張なしでのびのび
初出場で銀メダルの快挙を遂げたのは、鍵山だ。父でコーチの正和氏がリンクサイドに立った。ショートは飛距離のある4回転サルコーと4回転トーループを決め、完璧な演技。100.96点のスコアを見ると、ガッツポーズを繰り返した。
「緊張はせず、自由にのびのびと滑れました。初めての世界選手権で、初めて父と海外の試合に来られて、いい演技を見せられたので本当によかったです」
フリーでも17歳の強心臓はひるまなかった。3本の4回転を次々成功。演技後半にミスはあったものの、最後までスピード感の溢れる演技が光った。
「世界選手権の最終グループなんかに自分がいていいんだろうかと最初は思いました。でも表彰台を狙って練習してきたので、ここに来たからにはやらなきゃと思い、集中できました」
総合得点は291.77点。メダル確定に、跳びはねた。
そして平昌五輪銀メダリストの宇野は、ショートは6位発進だが、フリーでは粘り、総合277.44点で4位だった。
「今回の演技は、ここに来てからの練習状態からできるマックスでした。耐えることができたのはいい点ですが、スイスで練習していたようなジャンプに調整していくのが今後の課題です」
東日本大震災から10年。羽生がエキシビションに選んだのは、復興のテーマソング「花は咲く」。柔らかなオレンジ色の衣装で、人々の心に花を咲かせる精霊のように舞った。周りの人に何を届けられるかを考え続けたシーズン。4回転半という夢をつないで、会場を後にした。(ライター・野口美恵)
※AERA 2021年4月12日号