「僕自身この曲を感じとりながら、曲が持つエナジーを、腕やスケートやジャンプや身体全体に行き渡らせて表現しています」
ところが2日後のフリーは、始まる前に異変があった。いつもは6分間練習のきっかり1時間前にウォーミングアップを始めるが、会場に現れない。そして滑走直前に、すでに練習着から衣装に着替えてやってきた。
「ちょっとしたトラブルが続いていました」
言い訳が嫌いな羽生は、多くを語らなかった。だが、選手にとって演技直前に「いつも通り」過ごすことは極めて重要になる。過ごし方が異なれば、本番での繊細な感覚にズレが生じる。ベテランの羽生は、どんなミスが生じかねないか、予想がついただろう。その不安と焦燥に堪え忍び、フリーが始まった。そして冒頭の4回転ループ、4回転サルコー、トリプルアクセルと続けてバランスを崩した。
「小さなほころびが、ミスに繋がっていきました。バランスが1個ずつ崩れていっていて、転倒にならないよう頑張れたとは思いますが、全然自分らしくないジャンプが続いたので本当に大変でした」
■4回転半の影響は否定
演技後半の4回転トーループ2本はきっちり成功。しかし最も得意とするトリプルアクセルでは、再びミス。演技後、物憂げな表情で小さくうなずいた。フリー182・20点、総合289.18点での3位だった。
「自分のなかでは原因はしっかりわかっていますし、大きなミスかというと、点数ほどの大きなミスではありません。自分のなかではやりきれたという感覚があります」
珍しくトリプルアクセルをミスしたことについて、4回転アクセルの練習の影響ではないかという質問は否定した。ただセオリーとしては、4回転の練習を始めると、同じ種類の3回転のコントロールが難しくなる。4回転アクセルを求めるからこそ、ネガティブな面を否定したのかもしれない。そうであれば、彼の4回転半への尋常ならぬ渇望が、今回の結果の見えないトリガーだったのだろう。初めて、北京五輪への思いも語った。