元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。
【写真】この季節、近所のお母さんたちからたくさんもらうものとは?
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超お買い得であるはずの家が、たなざらしとなったまま全く売れない……な、なぜなんだ~と先週書きましたが、よく考えたら答えは明らかで、この家は「お買い得」でもなんでもないのである。だってお値段は、近隣の似たマンションの直近取引価格から弾いた「相場」。購入価格の5分の1だろうが人様にはなーんの関係もなし。いやほんと、不動産購入とは世界一恐ろしいギャンブルであります!
というわけでなすすべもなく、釣り糸を垂れただ待つ。まさかこのまま永遠に売れないってことも……と考えると怖くなるが、不動産屋様が最初にお会いした時「大丈夫、売れますよ!」と爽やかにおっしゃったことを思い出してなんとか心を落ち着ける。
で、人生とは不思議なもんで、少し落ち着けば少しずつ物事は動き出すのであった。ぽつぽつではあるが、具体的な問い合わせが来始める。
だが、これが一筋縄ではいかないものばかり。実際に見に来て「すごく気に入った」というご夫婦がいたとの電話に一瞬色めきたったが、自営業でローンが組めない可能性が高いとか。私も自営なのでお気の毒に思うがどうすることもできぬ。次に現れたのは、売り出し価格の半額(!)なら買うという輩。その代わり現金で払うからと。どゆこと? 現金かどうかは私には何の関係もないじゃんと一瞬混乱し、少し考えて腑に落ちた。もし私が一刻も早くお金を手にしたい事情があったなら、この話に飛びつかざるをえなかったやもしれぬ。相手は私の足元を見てきたのだ。
いやー、世の中っていろんな人がいるもんですね!
もちろん速攻で断ったが、この「事件」で逆に私は腹を固めたね。すなわち、このような大きな売買に臨む際、焦りは何より禁物である。もし本当は焦っていても、それを見せてはならない。焦りは悪縁を引き寄せるからだ。
そうだよ。いくら安い値段をつけられようと、大事な思い出のつまった愛する家なのだ。金額うんぬんより、良い人に買ってほしい。私が待つのは客でなく、良縁である。
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
※AERA 2021年4月26日号