インドの田舎町に暮らす9歳のサマイは、学校に通いながら父が営むチャイ店を手伝っている。ある日、家族と街で映画を観た彼は「映画を作りたい!」と夢を抱くが、父に反対される。あきらめきれないサマイは映画館に忍び込むが──。連載「シネマ×SDGs」の38回目は、監督自身の人生とフィルムへの愛が詰まった珠玉作「エンドロールのつづき」のパン・ナリン監督に話を聞いた。
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自分の人生をベースに映画を作ることなど絶対にないだろうと思っていました。でも2010年に地元に帰ったとき、映画に登場する映写技師のモデルとなった年の離れた友人がデジタル化によって失職したことを知りました。映画に出てくるとおり彼は英語の読み書きができず、デジタル機器を扱えなかったのです。大好きな映画とフィルムの終焉、自身の体験を組み合わせて本作が生まれました。
物語の舞台は私の少年時代より25年ほど後ですが、撮影で訪れた村や町は変わっていませんでした。スマホがあるかないかくらい(笑)。主人公サマイの行動も、ほぼ自分が経験したことです。カラフルなマッチ箱を並べてお話を作って友だちに聞かせたり、電車で1時間かけて学校に行く途中に色ガラスを電車の壁に映して遊んだり。8歳で映画に出合ったとき、なによりも「光」に心を奪われました。映画はすべて光からきている。光を捕まえることができれば、自分で映写システムを作れるんじゃないかと考え、電球と鏡と水だけを使って映写機を作りました。映写技師にお弁当と交換に映画を見せてもらったのも本当のことです。
時代は移り、映写技師の仕事も映写機もなくなってしまいます。でも過去をセンチメンタルに語るだけの映画にはしたくありませんでした。どんな世界にも変化は起こるものです。どう受け入れ、希望を持って人生を前に進めるのかをストーリーテラーである我々は考えなければなりません。私たちに人生を教え、楽しませてくれた巨匠たちの作品は意外なものに姿を変え、我々とともにあるのです。
演劇だけの時代から映像が生まれていったように、メディアもまた変化します。それでも物語ることは、常にこの世にあり続けると私は信じているのです。(取材/文・中村千晶)
※AERA 2023年2月6日号