「他の音楽家の演奏と聴き比べて欲しい」。自身の代名詞ともなった『ラ・カンパネラ』についてフジコは語る。「カンパネラは死に物狂いで弾く曲だから、弾く人の行いと心のあり様が出る。わかる人にはわかるんです」
60代後半でCDデビューしたフジコのコンサートは20年経った今もソールドアウトが続く。
「熱情にして繊細」と小松監督はフジコの印象を語ったが、彼の言葉と映像でその半生を辿りながら、僕はため息をついた。今では想像すらできない過酷な時代、孤独に苛(さいな)まれながら猫や小さな生きものへ注いだ愛情が感性を円熟へ誘い、ピアノの一音一音をふくよかに輝かせ奇跡的ともいえる音世界を作り上げたのだ。
今年2021年、フジコと小松監督は小さな命に捧げるチャリティーコンサートをオンラインで公開した。そこにはコロナ禍に生きる人と動物を包み込む温かい音色があった。
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞
※週刊朝日 2021年5月21日号