朝ドラには、こういう突き抜けた明るさやのどかさ、ゆるさが似合う。その点「カーネーション」的な重苦しい暗さが目立った「おちょやん」を救っていたのが劇中劇だ。フィクション性が強調されることで、物語の本筋の生々しさが緩和されていた。離婚した夫婦が共演しておたがい前に進もうとするという最終回の劇中劇はまさに、そんな「おちょやん」ならではの見事なフィナーレといえる。
こういう工夫もできるのだから、他にもひと工夫、ふた工夫することで、あと数%上げることは可能だっただろう。朝ドラに携わる人たちにはそのあたりも頭の隅に置いてもらって、記憶はもとより記録にも残る作品作りを期待したいものだ。
なお「おちょやん」や「カーネーション」こそが最高の朝ドラだという人には、この記事はストレスのたまるものだったかもしれない。筆者にとっても「おちょやん」には9割方満足したが、ここでは残り1割の不満を書いてみた。
ただ、もうひとつ付け加えておくと、世の中にはSNSにもネットニュースにも興味のない人がまだまだいる。「おちょやん」が取り逃がした数%は、そういう視聴者層とかなり重なるように思えてならない。朝ドラを大ヒットさせたいなら、そんな声なき視聴者層こそ重視すべきなのである。
新たに始まる「おかえりモネ」は予告編などを見る限り、画面上も緑が明るく、物語も明るくなりそうだ。ヒロインが気象予報士を目指すという話でもあるし「おちょやん」最終週のタイトル「今日もええ天気や」はそのあたりも意識したものだろう。冬の時代がまた来たらどうしようという一抹の不安の雲を吹き飛ばすような、晴れやかな朝ドラを楽しみにしたい。
●宝泉薫(ほうせん・かおる)/1964年生まれ。早稲田大学第一文学部除籍後、ミニコミ誌『よい子の歌謡曲』発行人を経て『週刊明星』『宝島30』『テレビブロス』などに執筆する。著書に『平成の死 追悼は生きる糧』『平成「一発屋」見聞録』『文春ムック あのアイドルがなぜヌードに』など