発達障害という名前が知られるようになり、診断は増えたが支援は不足している状況だった。いま、それに大きな変化が訪れている。ABAという療育の方式が広がりつつある。AERA 2021年5月24日号は「発達障害」を特集した。
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小さな靴がポーンと飛んだ。4月末、神奈川県鎌倉市にある療育施設「ADDS Kids 1st鎌倉」を訪れた5歳の男の子は、玄関で脱いだ靴を天井近くに投げ上げ、元気いっぱいに駆け込んできた。
「療育」とは、子どもの発達を促し、自立して生活できるように援助する取り組みだ。男の子は2歳11カ月の時に発達障害の一つである「自閉スペクトラム症(ASD)」と診断され、3歳からここに通う。
ASDには知的障害を伴わない(言葉の遅れがない)タイプもあるが、男の子は2歳10カ月で受けた発達検査で言葉の遅れを伴うことがわかった。父親の平山尚(たかし)さん(43)はこう述懐する。
「息子はここに通い始めた当初、単語1語を発するのがやっと。指さしたところを見ることもできないところから出発しました」
■うまく言えたら褒める
療育にはいくつもの方法がある。男の子が通うこの施設では、ABA(Applied Behavior Analysis=応用行動分析)という技法をベースにしている。この日は遊びの場面で子どもの動機付けを高める仕掛けをしながら自然にコミュニケーションを引き出していくメニューが組まれていた。発達障害支援のセラピストがリードし、それぞれが玩具のキャラクターに扮(ふん)したごっこ遊びが展開される。
【うさぎに扮するセラピスト】「ここに緑色のゼリーがあるね。樹液なのかな」
【昆虫の人形を持つ男の子】「昆虫ゼリー、ちょうだい」(以下、交互に会話は続く)
「どうぞ。あ、ピンクの昆虫ゼリーもみーつけた! お隣のカブトムシくんが食べるかな?」
「ピンクのゼリー、ください」
「上手に言えたね」(ゼリーの玩具を渡す)
子どもがうまく言えない時は言葉を促し、うまく言えた時はすかさず褒めるのがコツだと、同施設を運営するNPO法人「ADDS」共同代表の竹内弓乃さん。男の子のやりとりの様子をこう振り返る。
「今日は男の子の側から積極的に形容詞を使っていて、1時間で20回くらい色々な形容詞が飛び出しました。嫌なことがあってもワーッとパニックにならずに、『これは、だめ』『嫌だ』と言葉で伝えることができていました。大きな成長を感じます」
母の満希子さん(46)は、扉越しに療育のやりとりが聞こえる控室でメモを取っていた。セラピストの言葉かけを家庭でも真似して取り入れてみるのだという。発達検査で「息子さんは1歳2カ月のレベル」と言われてから、「永遠の1歳」だと思って育ててきたという満希子さんは、「こんなに言葉が出るようになるなんて」と目を細める。