型破りの発想で、話題のプロジェクトを次々に手がける谷尻だが、その大胆さは、大規模プロジェクトにとどまらない。例えば12年に手がけた住宅「八木の家」。

「若いご夫婦がお施主(せしゅ)さんだったんですが、予算がかなり少なかったんです。ただ、ご自宅に伺ったとき、ご主人が家具や郵便ポストなど、いろんなものをDIYで作られていて」

■遠い場所からシュート練習 背が低い自分の武器になる

 ならば、自分たちが建物を完成させるのではなく、ある程度まで造って、施主が徐々に完成させていく。そんな家があってもいいのではないかと考えた。2階建てのコンクリート造りの家は、2階だけが最低限、完成され、1階部分は窓のサッシもついていない。未完成の家を造ってしまった。

「ローコストだと安い材料を使わざるを得ない。それより、いい材料で今できるところまで造っておいて、あとはご主人に任せる。若い夫婦が生きていく中で、価値観も変わっていくでしょうし、それに合わせていってもいい。完成していないというところにも、美しさはあると思ったんです」

 施主は大喜びだったという。

「僕が強く引かれているのは、彼らのコンセプトづくりです」

 そう話すのは、カルチュア・コンビニエンス・クラブ社長の増田宗昭(70)だ。17年に名古屋にできた蔦屋書店プロデュースのブック&カフェ「草叢(くさむら)BOOKS」の空間デザインを谷尻に依頼した。商業施設内にある書店は、通路と店舗の境界が曖昧で、歩いていると知らず知らずのうちに店に入ってしまう。荷物を運ぶローラー台がそのまま什器(じゅうき)になったり、蛍光灯を組み直してシャンデリア風にしたり。徹底的なローコストのインテリアは、倉庫がそのまま店舗になっているかのようだ。

「彼の提案は、アバンギャルドでした。未来のスタンダードの先取りです。谷尻君は今、風雲児のように見られているだろうな、と感じますが、新しい常識や新しいスタンダードをつくっていく人だと僕は思っています」(増田)

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