「今は物価や賃金があまり動かないので目立ちませんが、マクロ経済スライドが本格的に効いてくると、年金の水準はどんどん目減りしていきます。その目減りを防ぐには、現在の制度では繰り下げで年金額を増やすこと以外に道がないのです」(中嶋氏)
国の試算では、給付抑制策によって今後30年で年金額は2割ほど目減りするとされる。受給者からすると、繰り下げをして増額させない限り、年金「水準」が低下してしまうというのだ。
「繰り下げが75歳まで拡大されますが、『そこまで繰り下げろ』とは誰も言っていません。これも、60代後半までの繰り下げを誘う一種の誘因になるかもしれません」(同)
なるほど、「75歳」を上限にすることによって、「そこまでは無理だとしても、70歳や68歳までならやってみようか……」などと思う人が出てくる可能性がある。人間の心理を利用した“作戦”ではないかとの見方だ。
「そして繰り下げをする人が増えてくれば、それは受給開始年齢の“実質後ろ倒し”に近づいていきます」
こう指摘する中嶋氏の目には、さまざまな施策が「繰り下げのススメ」と映る。
「毎年来る『ねんきん定期便』に、繰り下げすれば年金額がこんなに増えるとするグラフが19年度から載るようになりましたが、それが最たる例でしょうね。そういえば、年金制度の“健康診断”にあたる19年の『財政検証』でも、主に若い人たちを対象に、60代後半のどこまで働いて繰り下げすれば、今と同じ水準の年金が受給できるとする試算が行われていました」
ここまで見てきたように、就労と年金の二つの流れを合わせると次のようになる。
少なくとも70歳まで働いて、余裕がある人は同時に年金を繰り下げてほしい──これが国がめざしている方向だろう。
22年大改正が意味するものはわかった。しかし、「どの年金をいつからもらい始めればよいのか」。この問いへの答えは、まだ得られていない。
「60歳から75歳まで、自由に選んでください」と言われても、何か目標になりそうな“モデル”がほしくなる。実はそこでも新たな動きが始まっていた。(本誌・首藤由之)
(以下次号)
※週刊朝日 2021年6月25日号より抜粋