音が消え、様子をうかがって、そろそろとお茶の木の間から顔を出します。安全だとわかると、一斉に出てきました。全員無事です。「うまく、逃げたな」とお互いの敏捷さを称えながら、近くの道に落ちていた真鍮製の薬莢(やっきょう)を拾い集めました。われわれの戦利品です。それを持って、意気揚々と家路につきました。
このことは、誰もが家ではしゃべらないようにしました。親に知られると、次から魚獲りに行けなくなるからです。しかし、学校では、しゃべりまくりました。無事をほめられるので、戦利品の薬莢を見せびらかして、得意満面でした。
70年以上過ぎているのにこの時の記憶は、本当に鮮明です。迫ってくる操縦士の顔をしっかり思い出すことができます。子どもながらに、死を意識したからでしょう。
でも、何度もその光景を思い起こしていて気づきました。あれは操縦士が、子どもだからとわざと外してくれたのです。お茶の木に向けて、銃撃することもできたはずです。それがわかると、たぶん若かっただろう米軍の兵隊さんに、感謝の念がわいてきました。
帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中
※週刊朝日 2022年12月16日号