NHK大河ドラマ『青天を衝け』の主人公で「日本資本主義の父」と称される渋沢栄一。渋沢家五代目の渋沢健氏が衝撃を受けたご先祖様の言葉、代々伝わる家訓を綴ります。
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渋沢栄一が天国で泣いています。いや、恐らく激怒しているでしょう。 渋沢栄一が1873年(明治6年)に設立した日本初の銀行である第一国立銀行が、ATM障害問題を起こしたみずほ銀行の前身でした。
設立一年後に大株主で最大取引先である小野組が破綻し、第一国立銀行が連鎖倒産の危機に陥ったときに、小野組の番頭であった古河市兵衛と渋沢栄一が築いた信頼関係により、危機を無事に乗り越え、現在の富士通を含む古河グループの設立の起源にも発展しました。このようなドラマがあった銀行だけに、近年の「青い銀行」の状態に栄一は激しい怒りを感じているのではないでしょうか。「青天を衝け」という精神は、一体どこへ消えてしまったのか、と。
問題を精査した第三者委員会がまとめた報告書は直言しました。朝日新聞の報道によると同行は「容易に改善されない体質ないし企業風土がある」、そして、過去の基幹システムの大規模障害との共通点は「失点を恐れ、積極的・自発的な行動をとらない傾向を促す企業風土」があると指摘されました。
「担当ごとに仕事の守備範囲を決め、外野の選手の間に珠が飛んだのに、どちらも捕球に行かず、『お見合い』している」ことや「人の領域にまで首を出して仕事はしない、という文化がある」という声も上がったようです。
渋沢栄一は「一滴一滴の滴が集まれば、大河になる」という表現を用い、日本の新しい時代を切り拓き、より良い社会を実現させるために銀行を日本に築きました。およそ150年の年月を経た、その銀行の「文化」が、第三者委員会が指摘したような内容に陥っていることに士魂商才を訴えていた栄一は怒りを抑えることができないと想像します。
ただ、「横の連携、縦の連携のいずれも十分に機能せず、統括すべき司令塔が本来の役割を果たせていない」という第三者委員会の指摘は同行だけに限ったこととは言えないのではないでしょうか。