その言葉を聞いて、一瞬で血の気が引いた。
「反射的に、『嫌です。僕、帰りません』と言って、心を入れ替えました。ようやく僕の出番になったときには、スタッフさん全員が僕のことを知ってくれていて、応援というか、温かい目で見てくださった。麻生久美子さんとの濡れ場シーンを撮る前日には、みんな酔っ払いながら、『明日はいよいよだな。頑張れよ』『期待してるからな』ってエロいおじさんたちに励まされて、息巻いてそのシーンをやったはいいけど、監督の好みに合わなかったらしく、『そんなあからさまにやられても、見ててちっとも面白くないんだよ』とすぐ止められて(笑)」
監督が亡くなった後、「カンゾー先生」で北村さんを鍛えたうちの一人である美術の稲垣尚夫さんが、「あのときは、今村監督から『今度、北村有起哉っていう北村和夫さんの息子が新人で入ってくるけど、容赦なくこき使ってくれ』っていう指令が、各部署に出されていたんだよ。それで俺たちは、お前を容赦なく取り合いしてたんだ」と教えてくれた。
「その話を聞いたとき、(涙が)ばあっと出ちゃいましたね。あのとき、今村さんは、僕に『映画はこうやって作るんだ』っていうことを体にたたき込んでくださったんだと思います。とんでもなく贅沢な体験をさせてもらって、それが僕にとってはものづくりの原風景になっています。演劇でもテレビドラマでもラジオのドラマでもCMでも何でも、総合芸術は、『みんなで作る』ことにおいては同じ。役者が冷房のある控室で涼んでいる間、スタッフは汗水垂らして準備をしている。そのことを忘れないでいなければ、と。役者って、表に出るパートだから大切に扱われるけれど、スタッフさん一人ひとりにも役割があって、俳優も、一座の一人に過ぎないということを、今も肝に銘じています」
(菊地陽子 構成/長沢明)
※記事後編>>俳優・北村有起哉がパワハラを恐れても「お節介でいたい」理由はコチラ
※週刊朝日 2022年12月16日号より抜粋