そして、超美技の余韻も覚めやらぬ7回、先頭打者としてこの日4度目の打席に立った井上は、右中間スタンドに飛び込む特大アーチを放ち、貴重な追加点を挙げる。
相手の本塁打を幻にした直後に、“ホームラン返し”で試合を決めた3番打者は、8回にもダメ押しの2点タイムリー二塁打を放ち、ベスト4入りの立役者になった。
08年夏に17年ぶり2度目の優勝をはたした世代は、超高校級スター不在の全員野球のチームだったが、打率.552、2本塁打の1番・浅村とともに存在感を示したのが、中田が抜けたあとの4番を任された萩原圭悟だ。
準々決勝から決勝まで3試合連続本塁打を放ち、打率.519、大会新の15打点(当時)をマーク。チームが最も苦戦した2回戦の金沢戦でも、萩原は初回に先制2点タイムリー二塁打、2点を追う5回にも1点差に迫る右前タイムリーを放ち、終盤の逆転劇につなげている。
だが、そんな自身の成績よりも、「打点が多いのは、みんなが自分の前に出塁してくれたから。結局は全員野球ができた、ということですよね。それがうれしいです」と発言し、フォア・ザ・チームに徹する姿勢には好感が持てた。
高校通算29本塁打ながら、本来は広角に強い打球を飛ばす中距離打者で、関学大では主将を務め、通算108安打を記録。19年ぶりVを実現した4年秋にはMVPに輝いている。
全打席フルスイングとも言うべき積極果敢な打撃で注目を集めたのが、“藤浪世代”の1年後輩にあたる近田拓矢だ。
振ったバットが勢い余って背中を叩くほどの豪快なスイングから弾き出される鋭い打球は、先輩の平田や中田に負けない飛距離だったことから、名字の「きんでん」とキューバの強打者を引っかけ、西谷浩一監督から“キンデラン”の愛称を頂戴した。
チームが初の春夏連覇をはたした12年夏は、代打で3打数1安打。新チームでは4番になったが、翌13年春のセンバツは、直前に右手首を骨折する不運で出場できず、「春出ていない分、夏しっかりやろう」と最後の夏にすべてを賭けた。