下重暁子・作家
下重暁子・作家
※写真はイメージです (GettyImages)
※写真はイメージです (GettyImages)

 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、ワクチン注射について。

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 何度も繰り返されるあの場面が嫌いだ。見ないようにして、テレビの前をそっと立ち去る。

 例のワクチン注射の場面である。あの腕のつけ根に近い部分に直角にブスッと針を刺す。見ているといかにも痛そうに見えるのだ。実際には一瞬チクッとするだけで、たいして痛いわけではないけれど、テレビで目にすると思わずこちらも身をすくめたくなる。あの場面はなくていい。

 多分、筋肉注射のせいだ。

 かく言う私は子供の頃、結核で小学校二年と三年の二年間、疎開先の部屋に隔離され、一日おきに向かいの陸軍病院から来る軍医から、ヤトコニンという静脈注射を受けていた。今も左の静脈が固くなって針が入らない。

 その後も病弱で、皮下注射も何度したかわからぬほど注射馴れしていたが、筋肉注射だけは受けたことがなかった。だからこそ初体験に少しばかりおののきもし、期待もしていたのだが、一回目は小さなクリニックで受けた。その夜は、腕が痛くて目ざめた。熱はなかった。しかし、腕の痛みは三日ほど続いた。

 医療関係の友人に話すと、「それはお若い証拠です。よかったですね」と妙なほめられ方をした。

 そして二回目、副反応が出やすいといわれていたが、夕方打ち終えて帰ってくると、夜眠る前に腕が痛み出し、熱を計ると七度一分。この前に風邪を引いた時もらってあったカロナールを飲んで休んだが、早朝目がさめてもう一度計ると七度三分。ヤバイ! もう一度薬を飲んで再び眠ると六度九分になり、その日の夕刻はまだ熱っぽかった。

 二日目は七度前後で推移し、三日目はようやく六度台に落ち着いた。

「お若い証拠ですよ」という友人の言葉が耳許で聞こえる。

 困ったのは腕の痛みである。肘近くまで赤く腫れ上がって持ち上げるのがつらい。

 そうか、これが世に言う副反応かと思っていたら、親しい鍼灸の先生が「『副反応』ではなく『反応』です。反応があることは老いていないということです」と、また嬉しいやら悲しいやらの助言。聞いてみると人によって全く様々な反応が出るという。

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下重暁子

下重暁子

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

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