■スイッチを入れ直す
その夢は、1999年に結婚した歌手の今井美樹さんにはプロポーズ時点で伝えていた。1歳年下の今井さんは「その夢に私もついていきたい」と言ってくれた。しかし、実際にロンドン移住を決意し「今すぐ動きたい」と言う布袋に、今井さんは驚いていたという。
「娘も10歳になる頃で、学校も楽しくなってきた矢先。『いまそれを言う?』というところはありました。でも、僕と彼女の50代、娘の10代という大切な時間に、家族そろって何かに向かってチャレンジし、経験を共にする。素敵なことなんじゃないかと思いました」
布袋の中の、焦り。それは映画「キル・ビル」の主題歌が大成功した40歳頃から始まっていた。表現がほとばしるように湧き上がっていた20、30代に比べ、クリエイターとして危機感を感じていたという。
「自分がエキサイトする音楽が、自分の中から出てこない。群馬の田舎から出てきて、トイレも風呂もないアパートから始めた頃のハングリーさを少し失っていたのかもしれません。何かを見つけないといけない、と」
ロンドンに移住し、再び一から始める。無名のアーティストとしてギターを担いで人に会いに行き、自己紹介してプレイして自分の伝えたいものを一人ひとりに伝えていく。最初の数年はあっという間に過ぎたという。
「50歳にして一からの作業に立ち返る。当たり前の毎日が当たり前でなくなることで、ドキドキワクワクハラハライライラしつつ、自分にスイッチを入れ直すきっかけを作れました」
来年で還暦だ。次の10年も変化する時代を呼吸しながら、表現者として、目に映る、心に響く、そして心の中から湧き上がる感情や時代観を音にして届けたいと話す。
「そして時代が変わっても、『どんなときも諦めず自分を信じて、夢を追いかけていこう』というメッセージを伝えられる人間でいたい。夢に大きいも小さいもないと思うし、成功も失敗もない。夢は叶えるよりも、追い続けることの方が大事で、それが生きる上での活力になる。そこを常に分かち合えるようなアーティストでいたいですね」
(構成/編集部・小長光哲郎)
※AERA 2021年8月2日号