トラウマを与えるような体験とか統計上の平均値とか、紋切り型の精神分析や何か計量化できるものにあなたの人生を還元してしまうのはもったいないよ、と説いているわけです。あえて言うなら、自分が受け持つ、あるいは選び取った「運命、召命の感覚」を回復させるということでもあるかもしれません。

 ヒルマンはその主著とも言える『魂の心理学』(Revisioning Psychology)において「魂の働き」には4つあると言います。1つが病理化。病を通して魂はその存在をあらわす。この世界に対する違和感が病であり、それは魂の働きによるというわけです。2つ目が人物化。神話の世界にいろんなキャラクターがいるように、魂は物事を擬人化させる。3つ目が脱ヒューマニズム。魂は石にでも何にでもその存在を感じさせます。そして、4つ目がシーイング・スルー(見透かす)。魂を通していろんなものを見ていくと、その見え方が変わるということ。

 このシーイング・スルーが、神話的なイメージを通してさまざまな人生を分析する『魂のコード』を正しく読み進めるポイントです。文字通りの世界を生きているとしんどかったりするけれども、それを別の世界のイメージに落として観点を変えてみると、これまでと違うように世界が見えてきて、あなたの人生を「かけがえのないもの」として実感できるようになる。その意味で『魂のコード』は励ましの本と言えるでしょう。

『魂のコード』でヒルマンは、子どもの教育についても繰り返し言及し、別の世界の見方を提示しています。初版の発行当時、子育て中の知り合いの女性が「この本を読んで助かった」と言ってくれました。子どもをどういうふうに育てたらいい子になるのか、自分が悪影響を及ぼすんじゃないか、そんなことばかり考えてすごく悩んでいた。でもこの本を読んで、「子どもは勝手に育つんだ」と、とても気持ちが楽になったと。

『魂のコード』が出版された90年代後半の日本社会は、まだ精神的に余裕がありました。経済的にも今日より豊かだった。それでも「生きづらさ」を感じる人は少なくなかった。あの頃から20余年、精神的にも経済的にも日本社会からすっかり余裕がなくなって、ますます「損得勘定」に反するような世界の見方が許されなくなって、さらに「生きづらさ」を感じる人が増えていると思います。

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たかが同じような人生、されどかけがえのない人生