ヒルマンは大きな力をもっている近代の還元論的、因果論的な世界観を挑発します。本書の主題もその一つ。あなたという人間は、遺伝子や環境(とりわけ両親)の相互作用によって組み立てられるものではないということ。あなたの人生には、それが始まる前から「何か」が存在しているということ。そうでなければ、「私とは何者なのか」という、本来心理学が答えるべき素朴で根源的な問いには決して答えられないのではないかというのがヒルマンの「挑発」なのです。

 その「何か」について、ヒルマンは『魂のコード』の中で「魂」「運命」「守護霊(ダイモーン)」「召命(コーリング)」、そして「どんぐり」というメタファーなど、あえて科学の言葉を捨てた上で、元型的な神話のイメージを駆使し、素晴らしい手際で説明していきます。

 ルーズベルトやジュディ・ガーランド、ヒトラーなどさまざまな有名人の伝記を参照しながら、プラトンをはじめとする哲学者などの言葉も自在に引用し、次々と「科学的な心理学」の貧しさを看破していくヒルマンの記述スタイルは、まるで鮮やかなページェントを見ているようで、ぐいぐい引き込まれてしまいます。

 ヒルマンはいわばアカデミズム界、あるいは心理学世界の問題児、トリックスターでもあるんですが、要は「狭いセラピールームから抜け出して、イメージの心理学をもっと広い世界に展開していかなければいけない」というのが彼の一貫した態度でした。結局ヒルマンはあるとき、分析的治療もやめてしまいます。

■余裕を失っているいまこそ「運命の感覚」を取り戻そう!

 ヒルマンが『魂のコード』で一番言いたかったのは一人ひとりのかけがえのなさ、ほかの誰とも比べられない存在ということ。「平凡な魂はない」と、さまざまな事例をひきつつ言葉を変えながら繰り返し説明しています。

 そして「人間は発達なんかしない」というのも元型的心理学の立場です。現代の心理学は当たり前ですが、子どもから大人に成長していくという時間経過に則した発達論的なモデルを使っています。そうではなくて、「すでに魂がそこにある」と無時間的にイメージしようというのがヒルマンの主張です。だから『魂のコード』では、盛んに「グロウ・ダウン」という言葉を使っています。すでに存在する、しかし、この人間世界では完全には感知しえない永遠的な「何か」を、この限定された時間と空間、肉体の中で実現、展開させていくという、常識を反転させた人生観です。ヒルマンの真骨頂はこういう「観点の反転芸」にあります。

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