しばらくすると、空がかき曇り大粒の雨がポツポツ。ドラマーに目をやると、スティックをその場に置いて、庇のある建物のほうへ立ち上がり、雨宿りの様子。ザーッと降ってきた夕立はまるで万雷の拍手のようです。私も慌ててカバンから折り畳み傘を取り出しそれを開き、やれやれとドラマーのほうを見やるとその姿はもうありません。さっきまでドラマーが座ってたあとにはドラムスティックでも何でもない、ただの木の棒が2本転がっているだけでした。
再び陽射しがきつくなり、頭がくらくらして私もその場を立ち去り寄席の楽屋へ。テレビでニュースを観るとアナウンサーが梅雨明けを告げています。「明けましたね」「明けたね」「明けると思ってたけどさ」「明けるもんだねえ、梅雨」と世界で最も不用と思われる会話を交わしながら、今日も高座に上がります。観客の拍手に迎えられ、まだちょっと眩暈(めまい)が残りつつ頭を下げると、さっきのドラマーが客席の後ろのほうに見えた……ような気がしました。
春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。この連載をまとめた最新エッセイ集『まくらが来りて笛を吹く』が、絶賛発売中
※週刊朝日 2021年8月6日号