哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。
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私の道場である凱風館ではいろいろな芸能の公演が行われている。「かもめ組」の公演は今年で4回目になる。浪曲師の玉川奈々福、パンソリ唱者の安聖民、作家の姜信子のお三方のユニットである。はじめて出会ったときに「浪曲とパンソリは同源の芸能だ」という直感を得て、その場で結成された。今回はフランス在住のサックス奏者仲野麻紀さんも加わっての「デラックスツアー」だったが、あいにく奈々福さんがコロナでお休み。その分、残りのメンバーが舞台を盛り上げてくれた。安聖民さんと鼓手の趙倫子さんとで合作した新作パンソリ「にんご」が印象的だった。
パンソリというのは神話伝承の類を語るものと思い込んでいたが、新作も可能なのである。
巫者(ムーダン)が呼び出した3人の在日コリアンの死者の霊が、日本と朝鮮の「はざま」でどのように生きたかを、在日の母娘に向かって語るという構成である。登場人物たちは日本語とウリマル(朝鮮語)が微妙に混じり合った言語を語る。この発想の妙に驚かされた。