「招致のスピーチで使った『スポーツの力』という言葉を使うのは、逆風の中ではばかられることもありました」

 そんな中であらためてスポーツの力を信じさせてくれたのが五輪だったという。

「次は私たちパラリンピアンが受け継ぐ番」

 1年延期で、東京大会は震災から10年の節目に開かれることになった。

「現地の方は一人ひとり置かれた状況も心境も違うし、無理やり復興と結びつけるのが正しいかわからない。でも、多くの人に10年の節目に心を向けてもらうのは無駄なことではないと思う」

「水の女王」と称される成田真由美(51)は、最後のパラリンピックに臨んでいる。

 1996年アトランタ大会から4大会連続で出場。金15個を含む20個のメダルを獲得し、13の世界新記録を樹立した。開会式で聖火リレーを運ぶ大役を務めた際に「過去に金メダル15個」とアナウンスが流れ、

「ああ、そうだなって。メダルを取ったんだなって。すごくしみじみ振り返ることができましたね」

■若い選手に見てほしい

 中学の頃、横断性脊髄(せきずい)炎を発症し、下半身不随になった。中学時代のほとんどを病院で過ごした。高校時代に車いすスポーツに親しみ、23歳で水泳を始めた。08年北京大会後に現役を退いた後は、パラスポーツの魅力や心のバリアフリーを訴えてきた。

 東京大会は、日本にバリアフリーを広めるチャンスになると期待し、大会組織委員会の理事になるなど裏方に回っていた。だが、パラ水泳で次の世代の選手たちが育っていなかった。自分が率先して泳ぐことで「自分もやってみよう」と思う選手が出てくることに期待し、14年11月に現役復帰を決意した。

 2年前のAERAの取材に、強みを「負けず嫌い」と答えた。誰に負けたくないかと尋ねると、「他の選手じゃない、自分に」。46歳で迎えた16年リオデジャネイロ大会では女子50メートル背泳ぎで自己記録をマークするなど、年齢を重ねてさらに進化を続けてきた。

 競技復帰時に願っていたとおり、ここ数年で多くの若い選手が育った。今大会の水泳代表27人の3分の2がパラ初出場だ。

「私の姿を若い選手が見て、何か学んで感じ取ってもらえたら、私もすごくうれしいな、とは思います」

(編集部・深澤友紀)

AERA 2021年9月6日号より抜粋

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