朝井:とんでもないです。私は逆に、ベテランの方々の作品、たとえば林さんの『小説8050』とか、村山由佳さんとかの作品を読んでいると、なんでこんなにつっかえずに読めるんだろうと思うんですよ。何十年と書かれてきて、ワザがどんどん磨かれていって、どんな波に乗っても大丈夫な船を長年かけてつくられてきたように私からは見えるんです。私も「文章で読んでもらえる作家」にもう10年かけてなりたいなと思っているので、いま文章のことで少しでも肯定的なことを言っていただけると、すごく励みになります。

林:直木賞授賞式のときの渡辺淳一先生の名スピーチ、私はたまたま行けなかったんですけど、「作家は欲を持て。家を建てなきゃダメだ。欲望に忠実になれ」って、まだ23歳の朝井さんにおっしゃったんでしょう? 『正欲』というタイトルをつけたとき、そのことをチラッと思いだしました?

朝井:欲望そのものについて書きたいとはずっと思っていたのですが、もしかしたらあのスピーチの影響もあるかもしれないですね(笑)。そういえば雑誌で読んだのですが、林さん、家どころか軽井沢に別荘をお持ちなんですよね。

林:よく見てますね(笑)。『野心のすすめ』の印税を頭金にして買ったんです。朝井さんも『正欲』の印税で何かバーンと買ってくださいよ。人よりもぜいたくしてることって何ですか。海外旅行とか?

朝井:私はそのあたりの引き出しが本当になくて、つまらない人間なんですよねえ。海外旅行でいうと、社会人になってから行ったのは3、4回。ただ、これでも同世代からするとたくさん行ってるほうになるはずです。

林:私が30代だったころは、1年間に7回、海外旅行に行ってましたよ。

朝井:エ~ッ? 信じられない(笑)。『野心のすすめ』でいえば、出てくる「ダメな作家」の例に全部当てはまっていたんですよ。

林:えっ、どういうこと?

朝井:ほどほどで満足してしまうから成功が続かない、という部分です。とくに、そういう作家について、「昼ごろ起きてシャワーを浴びて、昼食にパスタをゆでて……」という描写がメチャクチャおもしろくて、よく覚えています(笑)。「この感覚、当てはまっちゃうんだよね~」と、同世代の作家同士で盛り上がりました。

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