パールによれば、相関関係と確率をくみあわせたのがベイズ統計で、これによって曖昧さも処理できるようになってきた。しかし、本当の「汎用AI」が生まれるためには、AIが「反事実」を認識できるようになる必要がある、とパールは言う。

 ここで、パールが持ち出してきているのは、4万年前に人間がマンモスの牙を彫ってつくった体が人間、顔がライオンの像だ。この動物は実際には存在しない「反事実」だ。しかし、人間だけが、実際には存在しないものを想像する力を持っている。この能力が望遠鏡も飛行機もコンピュータも生み出したのだとパールは言うのだ。

 この作品も自分がまだ文藝春秋にいた時代に、権利を取得している。このときは、ブロックマンのリストにこの本があったわけではなく、ブロックマンから権利を買ったベーシック・ブックスの編集者TJ・ケラーのパイプライン(刊行予定)にあったものをたまたま見つけたのだった。

 TJは、イケメンの数学者エドワード・フレンケルの『数学の大統一に挑む』など、サイエンスに関しては目利きの編集者で、彼が権利を取得した本はかならずチェックしていた。

 新井とは違って、パールは、「強いAI」「思考する機械」は可能だという。そしてパールの思考それ自体が、現在は存在しない「思考する機械」という「反事実」を前提としていることが面白い。

下山 進(しもやま・すすむ)/ ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディア業界の構造変化や興廃を、綿密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた。主な著書に『2050年のメディア』(文藝春秋)など。

週刊朝日  2022年12月2日号