前号で紹介した著者エージェントのジョン・ブロックマンが運営していたEdgeというサイトは、賢人たちをひとつの部屋にいれて、ある命題を議論させる、それがインターネット上だとたやすくできる、というアイデアで生まれたものだった。
毎年ブロックマンは、会員の科学者たちに、ひとつの命題を議論させていた。2015年の命題はこんな命題だった。
「思考する機械についてどう考えるか?」
そのブロックマンが、「人工知能分野の巨人」と言われるカリフォルニア大学ロサンゼルス校コンピュータサイエンス学科のジューディア・パールに書いてもらったのが、『因果推論の科学』(夏目大訳 松尾豊監修・解説 文藝春秋刊)だ。
『因果推論の科学』は原題を「The Book of Why:The New Science of Cause and Effect」といい、「思考する機械」つまり「強いAI」は可能か、という問いに答える本だ。
AIについては、「シンギュラリティ」という言葉が数年前にもてはやされた。これはAIの能力が人間を超える点という意味で、ソフトバンクの孫正義が2018年にビジョン・ファンドのテーゼとしてさかんに売り込んだ。
「すでにチェス、囲碁や天気予報等の分野ではその変化はすでに始まっている」「今後30年でほぼすべての分野で達成するAIができる」(ブルームバーグでの2018年の発言)
が、この本を読むと、その道は険しいということがよくわかる。その理由も。
チェスや囲碁という特定の分野で人間に勝つAIをつくることはできる。それは、過去の対局のデータをAIに学習させてコンピュータは、枝分かれする何億もの手に総当たりして、勝利に結びつく可能性が高い手を選んでいけばよい。
が、対局場で、火事がおこって非常ベルがなった時に、人間はすぐに避難するが、ディープブルーやアルファ碁はその意味がわからない。「強いAI」、孫正義が言う「シンギュラリティ」を超えたAIは、そうしたことができる「AI」だ。あるひとつのタスクだけではなく、汎用性のあるAIということになる。