さいとうさんが愛した「穂禮上海」の山芋入り黒酢の酢豚(撮影・大嶋千尋)
さいとうさんが愛した「穂禮上海」の山芋入り黒酢の酢豚(撮影・大嶋千尋)

「豚肉は、料理によってはとても美味しく食べられるんですよ。でもただ焼くだけだったら、牛肉にはかないませんね」

 そこで初めて原稿料をもらったとき、美味い牛肉を食べようと思い立つ。銀座の高級ステーキ店「スエヒロ」の扉を叩いたのだ。

「ジャンボステーキというのを頼んだら、厚さが2cm半くらいで大きさが草履くらいのが2枚重ねで出てきてね。さすがにスエヒロ、うまかった。それで2枚をペロリと食べたら、店の人がビックリして『これを平らげたのは、力道山とあなただけです』と言われました(笑)」

 当時の漫画は、あくまでも子ども向けのものだった。さいとうさんは大人の鑑賞にも耐えられるようなしっかりとした筋立てとリアルなタッチの絵を用いた“劇画”を発表。それが成功し、超売れっ子になった。

「ひたすら描きました。60時間描き続け、4時間眠った後、48時間連続で描いたのが、最高記録。食事の時間がもったいないので、腹持ちのいい肉ばかり食べていました」

 肉こそが作品創作を支えていたのだ。

 さいとうさんに、「週刊朝日」の人気連載だった「人生の晩餐」に登場いただいたことがある。「人生これだけは食べないと、というくらい好きなレストランとメニューを紹介する」という連載だ。

「家内の作る料理は、私の口に合います。外食するよりずっといい。だから外で食べたいとは思わないけど、そんな私が通う店が1軒だけあります」と教えてくれたのが、東京・神楽坂にある中華料理店「穂禮上海」(取材時の店名は「上海美味小屋」)。特にお気に入りで毎回食べると推したのは、「山芋入り黒酢の酢豚」。やはり肉だった。

 驚くべきことに、70代後半まで、毎朝ステーキを食べていたという。起きるのが遅く、朝食はだいたい10時か11時くらい。青森県から取り寄せた田子牛のステーキを食べてから、仕事に取り掛かると語っていた。

 2016年に取材をしたときのこと。あと数カ月で80歳になるさいとうさんは、苦笑しながら教えてくれた。

「ちょっと前までは分厚いステーキでしたけど、このごろは歯が悪くなってしまいました。よく噛まないといけないものは駄目。そこでステーキは止めて、毎朝しゃぶしゃぶにしています」

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さいとうさんが田子牛を取り寄せていたお店は