さいとう・たかをさん(撮影・菊地武顕)
さいとう・たかをさん(撮影・菊地武顕)
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「ゴルゴ13」などの作品で知られる劇画家のさいとう・たかをさんが9月24日にすい臓がんで亡くなった。享年84。80歳を越えてなお、精力的に作品づくりにあたっていた。その屈強な心身を支えていたものとは――。

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「この歳になっても仕事をやらせていただけるのは、毎日食べる肉のおかげでしょう」

 筆者はさいとうさんに何度かインタビューをさせていただいたが、取材は必ずといっていいほど、この言葉で締めくくられた。

 さいとうさんは無類の肉好き。肉こそが、歳を取っても仕事をする活力であると常に語っていた。

代表作「ゴルゴ13」は単行本が202巻を数え、ギネス世界記録に認定されている長寿作。超人的スナイパー、ゴルゴ13の活躍を描いた作品だが、さいとうさん自身もゴルゴに負けぬタフさを誇っていた。1968年の連載開始以来、50年以上にわたって一度も休載したことはなかった。残念ながらその記録は昨年途絶えたが、それはコロナ感染対策のため。大勢のスタッフで製作にあたっていたので仕事場が密状態になることを懸念して、やむを得ず休むことにしたのだ。

 若い頃は過労で緊急入院をしたことが何度かあるが、病室で点滴を打ちながら描いたという。

 そんなタフなさいとうさんが生前に披露してくれた“肉食”エピソードを紹介する。

 1936年に和歌山県に生まれ、大阪府堺市で育ったさいとうさん。小学校3年のときに敗戦を迎えた。

「毎日が食べ物探しでした。捕まえられる物はなんでも食べましたよ。たまに自分で犬を捕まえて。食べてないのはくらいなもんでしょう」

 焼け跡から少しずつ復興していき、中学校に入ったかどうかというころに、初めて牛肉を食べたという。

「すき焼きです。世の中にこんなおいしいものがあるのかと思いました」

 21歳で上京して、困った。関東では関西ほど牛肉を食べる習慣が根付いていなかった。流通している牛肉は値段の割に質が悪く、関西とは比べるべくもなかった。やむをえず豚肉ですき焼きを作ったが、まったく気に入らなかったという。

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「これを平らげたのは、力道山とあなただけです」