と演説をぶったところで、Xデーの1人飲み構想を練る。
行く店は決めている。まずは近所の大衆居酒屋。自由業の特権を生かして夕方早い時間に行こう。熱燗(あつかん)1合とマカロニサラダと揚げ納豆をサクッと食べて小一時間で店を出る。続いてお隣のご夫婦が経営するシェリーバーへ。途中、再開祝いにお花でも買おうかナ。常連で混むかもしれないから、名物の塩らっきょうとシェリーを一杯頼んで、ニコニコ30分ほど過ごして帰途につくか。薄明かりの差す夕方、商店街をゆっくりと歩いて家に帰るのはきっと気持ちがいいだろうなと思って幸福な気持ちになる。
そう考えると、ああ私はこういうことを今切実に求めているんだと改めて気づく。酒が飲みたいとか騒ぎたいとかそういうことじゃない。ただ見知らぬ人の隣で機嫌よく飲み食いしたいのだ。その人がどこの誰なのか、どういう思想の持ち主なのかは知らないけれど、それでもその人を丸ごと信じる。私も信じてもらう。そのなんでもないことがいかにスゴイことで、遠くで自分をしっかり支えていたことかと、今にしてつくづく思うのである。
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
※AERA 2021年10月11日号