■戦うのが当たり前の社会で育った
愛知の寺では毎日、境内の草むしりをした。人生で初めての経験だった。
「草むしりって、お手伝いさんがやる仕事、と思っていた。私、蒋介石の一族で、すごいお嬢様だったから。多くの家族は台湾に行っちゃいましたけど」
蒋介石はかつて、国共内戦で毛沢東と戦い、その後、台湾に逃れて中華民国総統となった偉人である。
夢無さんが生まれ育った重慶市は日中戦争中、蒋介石が臨時政府を置いた場所で、肉親が市長を務めていたこともあったという(重慶市は上海市など同様、省と同格の政府直轄市である)。
「草むしりをしていると、虫がめちゃくちゃ出てくるのよ。ダンゴムシとかアリとか。いままで、そんなのに出合ったことがなかったから、急に、弱い人の気持ちが理解できた感じがした」
これまで自分の周囲にいたのは社会的に成功した人ばかりだった。
「中国って、競争がとても激しい。みんながんばって、何かをやろうとしている。努力して、戦うのが当たり前。そうじゃないと生き残れない社会。そこで育ってきたから、『そのままでいい』という感覚がなかった。ミャンマーのシェルターにいたとき、『お坊さんなんだから、何か、社会に提供しないとダメじゃん』と、思ったけれど、ダンゴムシが『お前、ライオンになれよ』と言われてもさ、という感じだったんだね」
■宗教はエンターテインメント
草むしりをする合間、住職に僧侶の役割についてもたずねた。すると、思いもよらない言葉が返ってきた。
「彼は『お坊さんって、パフォーマーさ』って、言ったの。(ああ、なるほど、宗教ってエンターテインメントなのね)と、思った。それで疑問が一気にとけた」
それまで夢無さんは、宗教に対してあまり好意的な見方をしていなかった。自分自身が必要としていなかったこともあり、「宗教にだまされている人も多いよね」という思いがあった。
「私がミャンマーで出会った全身不随の人って、毎日、できることは天井を見ることだけだった。Netflix(映画やドラマを見られるオンラインサービス)を見ることさえできない。だから、仏教はNetflixといっしょなんだ、と思った。彼らにとってのエンターテインメント。それに頼って生き延びていた。救われていた。それが、やっと理解できた」
9月、東京に戻ると、大急ぎで写真展会場の構成を練り始めた。
けばけばしい赤や緑の光で撮影した屋久島の木々の写真。そこにシェルターで目にした人々の姿を組み合わせた。さらにミャンマーの布や米を貼りつけた。そして、水の音、銃声。盛りだくさんの内容を詰め込んだ。
神秘の森の風景も、残酷な光景も、「要はエンターテインメントとして見せたいから」。
「結局、人間って、エンターテインメントが必要で、何かに酔っていないと生きていけないから。それは権力なのか、子どもなのか、愛なのか」
(アサヒカメラ 米倉昭仁)
【MEMO】夢無子写真展「皺む×WRINKLE UP」
キヤノンギャラリー銀座 10月19日~10月30日、キヤノンギャラリー大阪 12月14日~12月25日
オンライントークショー 夢無子×アオイヤマダ(表現者、ダンサー)×梶川由紀(何必館、京都現代美術館キュレーター)。10月19日19時から1時間(無料)