当時の都立駒込病院のICUは最新鋭の機器がそろっていた上に、スタッフが優秀で、日本一だと言われていました。患者さんの状態が落ち着くと、近くの居酒屋で夕食をすませ、再び病院に戻り、ICUの当直室に宿泊。翌朝は14階の医局から、まだ明けきれない下町を俯瞰して患者さんの快癒を祈ったものです。
この手術日の行動は判で押したように同じでした。ここだけは、自分のこだわりを押し通したかったのです。決してゆずることのできない全力投球の時間でした。その頃のことを思い出すと、杜牧の詩にある「清風故人来る」の心境になります。昔の自分がよみがえってきて清々しい気持ちになるのです。
そんなに手術に対して全力投球だったのに、その後私は手術に対し限界を感じるようになります。いや全力投球だったからこそ、限界を知ったのです。外科技術を進歩させることで、手術時間が短くなり、出血量も少なくなり、術後の合併症も減ったのに、がんの再発率は変わらないのです。いくら手術を完璧にやっても、患者さんを救えないのでは意味がありません。それに気づいてから、私のがんとの闘いは新しいステージに入りました。
帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中
※週刊朝日 2021年10月22日号