『CRISPR 究極の遺伝子編集技術の発見』(ジェニファー・ダウドナ著 櫻井祐子訳)2017年刊。ジェニファー・ダウドナは、2020年ノーベル化学賞を受賞。
『CRISPR 究極の遺伝子編集技術の発見』(ジェニファー・ダウドナ著 櫻井祐子訳)2017年刊。ジェニファー・ダウドナは、2020年ノーベル化学賞を受賞。

 ペーボの本は、企画書に、ペーボの研究室が、人類とネアンデルタール人が交配していたということを確かに証明したこと、そしてなぜ、ネアンデルタール人は滅び、人類が生き残ったかについて、言語にかかわるFOXP2という遺伝子に注目していることが書かれていた。ダウドナの本は、革新的な遺伝子編集技術CRISPRについての本を探していたところに、それを開発した本人の手記を「ブロックマン」が扱っていることを聞きつけ、企画書も見ずに、オファーを出して権利を取得した。

 人類学、物理学、生物学、AI、情報学、なぜこんなに幅広い科学の分野の科学者本人たちの本をこのエージェントは持っているのか?

 それは、このエージェントを起こしたジョン・ブロックマンという人物の特異な背景によるものだった。

 ブロックマンは、ニューヨークのコロンビア大学で1960年代に学び、サイバネティクスに興味をもっていた。これは生物と機械の情報の処理のしかたに類似点があることから発展した学問分野だ。ブロックマンは1969年に著者として自身の初めての本をだしているが、これはコミュニケーションを数学的論理で描こうというものだった。

 サイバネティクスは、科学の様々な分野を横断する科学だったが、ブロックマン自身も、横断的思考が得意だった。そして、インターネットが私たちの生活に入ってくると、Edgeというサイトを財団をつくって始めている。英国の新聞「ガーディアン」が、「世界で一番いけてるサイト」として特集記事を組んだこのサイトのアイデアは、様々な分野の科学者を会員にして、自由に議論をさせるというものだった。リチャード・ドーキンスやスティーブン・ピンカーらきら星のような科学者がEdgeには会員として参加していた。

 そうした後背地から、ブロックマンの企画は生まれてきていたのだった。

 しかし、この話には続きがある。

私は文藝春秋を2019年3月に辞めている。その半年後のことである。このEdgeを運営する財団が、実は、児童買春で有罪判決をうけたジェフリー・エプスタインから、巨額の寄付をうけていたことをバズフィードなどが暴露したのだった。ブロックマン自身もエプスタインとの長いつきあいがあり、科学者のコミュニティに彼を紹介したりしていたことも明るみに出た。

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