風変わりな撮影で、「夏目さんに何ひとつ説明しなかったんですよ。彼女には、『ぼくのカメラの前にあなたがいてくれればいいです』ということしか言わなかった」。
モデル撮影の場合、写真の内容に合わせてポーズを変えるが、藤里さんからの指示は一切なし。
「もちろん、よりきれいに見える、みたいな、好みのポーズはありますよ。でも、それをはめ込んでいくと、結局、ぼくの美意識に沿ったものにしかならない。『ああそうか』『スゲーじゃん』みたいな。そういうサプライズがないと、とび出た写真にはならない」
しかし、指示なしでは、写される側がすべて判断しなければならない。かなりのプレッシャーを感じたのでは、と思い、夏目さんに聞くと、撮影は「触っても壁がない、みたいだった」と、表現する。
「ふつう、写真集や雑誌のグラビアの撮影だったら、撮りたい内容がわかるじゃないですか。でも今回は、たずねても、『ただ、そこにいてくれればいい』だけなので、どうしていいか、ずっと悩んでいました」
そう答える夏目さんの横で藤里さんは、「ははは。ぼくは単にすごく楽しくて。ただ、ニコニコして撮っていた。ああ、俺、狂っているな、と思った」。
■ブレは問題ではない
旅の間、泊まったのは趣のある古い旅館。撮影は「寝起きから寝る間際まで」(夏目さん)続いた。
「ははは。そうだね、『朝、起きたら教えてください』と、お願いして。まだ、むにゃむにゃしている時間帯なんでしょうけれど、そこにカメラを持っていって撮影した」
旅館の中は暗く、撮影条件はかなり厳しかったという。しかし、それもそのはずで、蛍光灯を消して写した。
「蛍光灯の写りは嫌いなんですよ。色味というか、何かが足りない。ちゃんとフィルムの銀(感光材)が反応しない感じがする。それで、行灯(あんどん)の明かりで撮った。そのほうが色がのる、というか。フィルムに光がべたーっとつくイメージがあった」
カメラに詰めたのはモノクロフィルムなので、もちろん色は写らない。しかし、藤里さんはそんなふうに感じたという。
「情報量が少ない光で、いかに夏目響を感じさせるか、みたいな。それをすごく意識してシャッターを切った。『おい、フィルムに入っている銀たちよ、すべてを感じてくれ』みたいな。まあ、オカルトですね(笑)」
二眼レフのレンズの絞りを目いっぱい開けて、スローシャッターを切った。少しブレたが、それは問題ではないという。
逆に、「このブレ方が絶妙だな、と思って」。そう言って、夏目さんの顔をアップで写した写真を見せてくれる。