クリオスでは、人種や民族、髪の色などの基本的な情報以外にも、ドナーが了承すればさらに詳細なプロフィルが公開される。愛さんと洋子さんは、トルコ人の男性を選んだ。伊藤さんが言う。

「現在、日本人のドナー登録者はおらず、アジア系も多くありません。そのため、精子提供を希望する女性は、髪の毛と瞳の色が黒かダークブラウンの男性を選ぶ方が多くなっています。見た目が他の日本人と異なると、子供が生きにくくなってしまうと考える方が多いのだと思います」

 ただ、先述した12の医療施設では非婚姻者のカップルにAIDを実施していない。そこで、人工授精や体外受精を行う病院は、クリオスや患者個人が医師に依頼して、信頼関係を築いた個人クリニックを利用している。愛さんはこう話す。

「最初は不安もありましたが、今は自分たちの選択は間違っていなかったと考えています。精子バンクについて賛否があることは理解していますが、子供には小さいうちから事実を伝えていくつもりで、18歳になった時に子供が望めば連絡に応じてくれる男性を選びました。私たちは、私たちの家族の形を子供たちと話し合っていくつもりです」

 欧州では、法律上の夫婦ではなくても不妊治療が受けられ、AIDによって生まれた子供が精子や卵子の提供者情報を得る「出自を知る権利」を保障する法整備が進んでいる。日本でも法改正の議論はされているが、対象は法律上の夫婦のみに限られる見込みだ。田中教授は言う。

(週刊朝日2021年11月5日号より)
(週刊朝日2021年11月5日号より)

「日本でも家族や親子の形は多様化しているのに、政治家はこの問題を真正面から議論せず、放置してきました。すでに民間病院の努力も限界に来ています。日本でも公的な精子・卵子バンクをつくり、データの保存も国が責任を持って担うような体制づくりを急ぐべきです」

 実は、西園寺さんも個人間の精子取引はやめるべきだという考え方だ。

「すべての女性が安価で利用できる公的な精子バンクが設立されたら、私は精子の提供をやめるつもりです。医療機関が介在しない精子の提供は本来は望ましくありません。しかし、独身女性や同性カップルのAIDが認められない今の状況では、精子の提供はまだ続けることになると思います」

 法律の整備が遅れると、精子売買はますますインターネットの闇に潜ることになる。(本誌・西岡千史)

週刊朝日  2021年11月5日号

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