TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今回は俳優の中嶋朋子さんについて。
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「投げてきた!」とLINEが。ともこと、俳優中嶋朋子からだ。
北海道日本ハムファイターズのゲーム前に、今年亡くなった田中邦衛さんの追悼セレモニー「ドラマ『北の国から』放映40周年記念 愛と誇りをありがとう」にユニホーム姿で登場した彼女が、ピッチャーマウンド手前からボールを投げ、ボールが見事ワンバウンドでキャッチャーミットに収まった。
ともには番組を持ってもらったこともあるし、ベトナムに取材旅行に行ったり、倉本聰さんと伊勢神宮特番に出演してもらったこともある。彼女の芝居を観た後は食事に出かけたり、何でも話す仲になった(趣味が空中ブランコと知った時にはさすがに驚いたけど)。
何年も前のことだ。新宿の料理屋、鳥茂のカウンターでともがこんなことを呟いた。
「ときどき『北の国から』が重くなることがあるんだよね。寂しそうで律儀、そんな役回りが」
彼女は北海道・富良野を舞台にした『北の国から』で22年にわたって「蛍」を演じ、文字通り日本国民の娘になった。何をやるにも「蛍」のイメージがつきまとったのかもしれない。しかし彼女の呟きに僕は何も答えることはできなかった。
今だから白状するが仲良しのくせに、『北の国から』を観たことがなかったからだ。だからこそ先入観のない僕と付き合ってくれていたのかもしれないが。
彼女は「クロワッサン」でエッセイを書き続けていた。「いつからだろう? 言葉を書き留(とど)め始めたのは? 虫の世界に、想いを馳(は)せて遊んだり、詩を書いたりもする、空想好きの少女だった。そんな私は二、三歳から子役をしていたので、幼い頃から台本を与えられ、台詞を託される日々を過ごし……」。彼女の日々をまとめた新刊『めざめの森を めぐる言葉』をめくりながら、改めてともが普通とは全く違う世界に生きていたのだと知った。