一方、徳島は別の風景にも出くわした。そんな環境でも、日本の若者と同じようにスマホのアプリを使いこなしていた。
「一からものづくりをやるより、いきなりデジタルにスキップした方が、早いんじゃないか」
こう閃(ひらめ)いた徳島は、JICA(国際協力機構)やフィリピンの貿易産業省の協力を得て、離島に3Dプリンターやレーザーカッターを備えた「デジタル・ファブリケーション・ラボ」を立ち上げた。町工場すらなかった離島に、忽然(こつぜん)と現れた最先端のIoT拠点。フィリピンでは大いに話題になり、14年には当時のアキノ大統領が大臣や次官を連れて視察にきた。誰もが最先端のデジタルものづくりに目を丸くし、保健担当の官僚が徳島に寄ってきて質問した。
「このラボで義足は作れますか」
徳島は「作れます」と答えたが、「なぜこんなに義足にこだわるのか」と不思議だった。
徳島が現実を知ったのはその後だ。義足の実態を知るために訪れた小さなクリニックで、2年前から糖尿病を患う男性に会った。病気による壊疽(えそ)で足先の肉がただれ、骨が見えていた。
早く足を切断しないと壊疽の毒が体に回って命に関わる。だが男性は医者の勧めにもかかわらず、切断を頑(かたく)なに拒否していた。男性から理由を聞いた徳島は愕然(がくぜん)とする。まともに使える義足は1足50万円。1食数十円の食費で暮らしている彼らの手が届く代物ではなかったのだ。
このまま死を待つだけ
義足がなければ足を切断した後、まともな職に就くことができない。家族の「お荷物」になってしまう。だから「このまま死を待つのだ」という。
灼熱(しゃくねつ)のフィリピンで肉体労働をする人々は、エネルギーを確保するため塩漬けの魚をおかずに大量の米や麺を食べる。食事の大半が糖質だから、糖尿病は「国民病」になっており、多くが30~40代で発症する。徳島らの推計によると、フィリピンでひざ下切断処置を受けた患者と、糖尿病性壊疽患者など潜在的な義足のユーザーは計123万人。その96%に当たる118万人が義足を買うことができない。多くがじっと死を待っている。緩やかな自殺である。