クリスティアン・クレーネス監督 1961年、オーストリア生まれ。フロリアン・ヴァイゲンザマー監督(48)らとともに「ゲッベルスと私」(2016年)をはじめとする「ホロコースト証言シリーズ」を製作している。第3弾は当時少年だった人物の証言だという。
クリスティアン・クレーネス監督 1961年、オーストリア生まれ。フロリアン・ヴァイゲンザマー監督(48)らとともに「ゲッベルスと私」(2016年)をはじめとする「ホロコースト証言シリーズ」を製作している。第3弾は当時少年だった人物の証言だという。

 ユダヤ人は次々に逮捕され、マルコ氏も強制収容所送りとなる。さらに終戦後も受難は続いた。

「当時のオーストリア政府はウィーンにユダヤ人が戻ることを許しませんでした。そのために彼は故郷に戻れず、ザルツブルクで一生を過ごすことになってしまった」

 その理由は実に生臭い。

「当時オーストリアの暫定政府は選挙を控えており、数十万人の元ナチス加担者たちの『票』が必要でした。さらにウィーンにはユダヤ人を追い払った後の数万戸の住宅にすでにオーストリア人が住んでいた。彼らは戻ってきた生存者への補償や返還要求を避けたのです」

 マルコ氏は同じく国に拒絶された同胞のパレスチナ移住を支援し、ザルツブルクのユダヤ人協会の代表も務めながら自身は国にとどまり、自分の記憶を生涯語り続けた。しかしその行為はオーストリアにとって「不都合な真実」の告発でもあった。映画で紹介されるマルコ氏へのヘイトの手紙の数々は衝撃的だ。「ホロコーストも強制収容所も嘘だ」「殺してやる」──手紙は2019年にマルコ氏が106歳で亡くなるまで何百通も届き続けた。

「オーストリア政府は90年代に自国の戦争責任を認めるまで、戦後40年以上『自分たちもナチスの被害者である』という自己認識を続け、それに甘んじてきた。我々が映画を作るのはこうした忘却と排除に抵抗するためでもあるのです」

◆当時との共通点あまりに多い

 そしてクレーネス監督は、当時と現代との類似性に驚きを隠さない。

「いま世界中でポピュリスト的な政治家が人種差別や偏見をあおっています。オーストリアでは昨年、反ユダヤ主義が原因の事件が倍増しました。これは私たちにとっての警告だと思っています。ナチス時代と比較したくはありませんが、当時との共通点があまりに多い」

 世界を覆う右傾化の理由を監督はこう分析する。

「ヨーロッパでこの数年見られる状況はやはり紛争地からの難民の増加に端を発しています。豊かな国に暮らす人々は自分たちの生活や豊かさを失いたくない。その不安や恐怖を右派の政治家が利用してあおっている。右傾化の動きには“スケープゴート”が必要です。誰かのせいだ、と言える相手です。ナチスの時代はそれがユダヤ人であり、現代はそれが難民や外国人になっている」

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