AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
この記事の写真をすべて見る祖父の代で没落した宇喜多家に生まれた八郎(後の直家)は商いの重要性に早くから気づき、街での暮らしを通じて、自分の中の軸を築き上げていく。だが、否が応でも“お家再興”を背負うことになった直家は、武士の世界へと足を踏み入れていくことになり……。歴史小説『涅槃』では、舞台となる場所に何度も足を運び、「登場人物がなにを食べているか」まで細かく設定したという、著者の垣根涼介さんに同著にかける思いを聞いた。
* * *
斎藤道三、松永久秀に並ぶ、悪名高き戦国武将──。宇喜多直家について語られるとき、必ずと言っていいほど付きまとう言葉だ。けれど垣根涼介さん(55)は、それがどうしても解せなかった。
「僕が調べる限り、直家はそこまで悪いことをしていたとは思えなかった。それなのに死後440年にわたり、あまりにも評判が悪かった。気の毒だなと思い、僕くらいは味方をしてもいいのではないか、と筆を執りました」
小説の中だけでも名誉を挽回させていくことはできないか。そんな思いに駆られ、史実と創作の世界を結びつけながら直家の人生を辿った小説『涅槃』は、900ページを超える長編大作となった。
そもそもなぜ、直家は悪名高い人物として語られるようになったのか。一つは、織田家と毛利家を天秤にかけながら50万石級の戦国大名にのし上がったということ。加えて、直家が武士の発想ではなく、商人の発想を持っていたことも「何を考えているのかわからない」という悪評に繋がった。どちらも直家の一つの側面を切り取ったに過ぎない。
「なにより直家は、“より良い負け方”にこだわった人物だ」と垣根さんは言う。
「織田と毛利に挟まれ、独自存続はほぼ望めないと知りつつも、それならば少しでも良い条件で生き残ってやろう、と考えていたのではないか」