そういう意味で、社会における企業の真の役割とは、どこでも通用する社員を育成することではないでしょうか。これからの「良い会社」のKPIは離職率の低さではなく、逆に有能は人材を社会に創出しているという測定が着眼されるかもしれません。

 このような「良い会社」には、当然ながら自分の価値を常に高めることを求めている良い人材が数多く、集まってきます。そのような人材が集まってくる会社は、時代の変化に敏感になり、事業モデルを常にアップデートできるはずです。

 コロナ禍に加え環境に配慮する経営が必須な時代になり、量産と破棄を繰り返して商売繁栄していた事業モデルの見直しが急務である昨今、厳しい現状に立たされている知り合いの中小企業の女性経営者の言葉が印象に残りました。

「守るべきは人であって、会社ではないです。」

 ただ一般的に企業経営者から聞こえてくるのは、「雇用を守るために」今まで事業を継続するという声です。賃金を上げると利益が圧迫されて経営が苦しくなり、リストラ等が余儀なくなり、守るべき社員が守れなくなるというロジックです。

 しかし、この考え方は今の時代でも成立しているのでしょうか。終戦から高度成長期に、企業は日本社会の福祉機能を果たしていて、安定した雇用を提供することで日本人が豊かになったことに間違いありません。年功序列・終身雇用という企業人事の慣習が合っていた人口ピラミッド型社会の時代でした。

 その時代が去り、およそ30年間の安かろう良かろうの時代が続き、日本人の人件費は「高い」と決して言えない世界になりました。そして一つの会社に勤めた30年間で形成された経験が、労働市場でさほど評価されない産業が日本社会で少なくありません。

 そもそも、長年、年功序列・終身雇用にどっぷり浸かっていたので、労働市場で現役社員が自分の労働価値を確認する常識も乏しく、これが、日本社会の賃金上昇に蓋をしていたと言えるかもしれません。

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