AERAの将棋連載「棋承転結」では、当代を代表する人気棋士らが月替わりで登場します。毎回一つのテーマについて語ってもらい、棋士たちの発想の秘密や思考法のヒントを探ります。渡辺明名人、「初代女流名人」の蛸島彰子女流六段、「永世七冠」の羽生善治九段らに続く20人目は、「将棋界の貴族」の佐藤天彦九段です。発売中のAERA 2022年11月14日号に掲載したインタビューのテーマは「将棋以外の楽しみ」。
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「リコリコ3話の噴水前のシーン、よかったなぁ」
今年8月、佐藤天彦はそうツイートした。アニメ「リコリス・リコイル」(リコリコ)は、日本の治安を守るため秘密組織で活動する千束とたきな、2人の少女をメインに描かれた物語だ。
「最近はあまり追えていないんですが、もともとアニメは好きなんです。『リコリコはいいぞ』というツイートを目にして、それで見たところ、第1話からかなりメッセージ性が強い感じの始まり方で。クオリティーも高くて、思わず見入ってしまったというか。ストーリーも後のほうまで計算されていて、進んでみると数話前の誰かのなにげない挙動の意味がわかったりとか」
「メインのラインでは重要ではないような人の感情の機微みたいなところにもかなり伏線が張られていたり、作り込みがすごいです。それが初見で見たときの充実感につながっています。本当に1クール、一話一話がすごい充実していて。こんなに凝縮された1クールのアニメって、なかなかないんじゃないかな。僕は千束が好きです。彼女みたいな性格に自分はシンパシーを感じる傾向があります」
たきなは命令に背き、仲間を助けたために、望まぬ異動をさせられてしまう。
「たきな、いまは次に進むとき。失うことで得られることもあるって」
噴水の前で、千束はたきなを抱きしめてそう諭した。
「千束はたきなに語ってるわけですけれど、要するにそれは視聴者に向けて語ってるセリフだと思うんです。それは自分にも刺さったというか、ダイレクトに受け止められた気がしますし。おそらく多くの人もそうだったんじゃないかなと想像して。それは制作者の側が、いまの時代の気分みたいなのを感じながら、しっかり練り上げて書いたセリフだからこそ、そういうことになってるのかなと。例えばいまって、それこそ高度経済成長期の社会みたいに、がんばれば報われるような雰囲気ではないじゃないですか。誰もが不安定というか、10年後、20年後どうなってるかわかんないみたいなところで。実際たきなは絶対的な指針を失いつつあったと思うんですけど」
(構成/ライター・松本博文)
※発売中のAERA2022年11月14日では、佐藤天彦九段が「リコリコ」の千束と強敵の真島を「駒のぶつかり合い」だと考える理由についても話しています。