死より少し前に自分の気持ちを語る方もいます。がんが再発した60代の男性が私の病院に入院していました。夜勤の看護師が巡回で病室を訪れると、「看護師さん、長い間お世話になりました。私は間もなく虚空に向かって出発します。ありがとうございました」と寝たままで、語りかけてきました。でも、容態は普通なので、看護師はそのまま巡回を続け、気になったので、最後にもう一度、病室をのぞきました。すると、その患者さんはすでに亡くなっていたのです。まさに看護師さんへの感謝の言葉が、最期の言葉になったのです。私もすぐにかけつけましたが、看護師はさめざめと泣くばかりでした。

 その患者さんのように自分の死を事前に予感できる人もいるでしょうが、そんな余裕もなく、意識がなくなる場合もあるでしょうし、突然の事故で死ぬケースだってあります。最期の言葉をしっかり語るのは、なかなか難しいものです。

 私はいくつか自分のラストシーンを想定しているのですが、いずれも最期の言葉はなしです。でも、最期に語る言葉を考えるのは、自分の死を見つめるという意味でいいことだと思います。

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

週刊朝日  2021年12月24日号

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帯津良一

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帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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