
西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。老化に身を任せながら、よりよく老いる「ナイス・エイジング」を説く。今回のテーマは「死ぬ前に語る言葉」。
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【最期】ポイント
(1)実際に死に直面すると、多くの言葉は語れない
(2)最期の言葉をしっかり語れないケースも少なくない
(3)でも、その言葉を考えるのは死を見つめる意味でいい
ドイツの文豪ゲーテが死の直前に「もっと光を!」と言ったというエピソードは有名です。しかし、実際のゲーテの言葉は「もっと光が入るように、寝室のよろい戸を開けてくれ」だったという話もあります。「もっと光を!」と短く語った方が文学的な感じがするので、そうなってしまったのでしょうか。
『日本人、最期のことば』(西村眞著、飛鳥新社)によると、明治維新の偉人、勝海舟の最期の言葉は「コレデオシマイ」だったそうです。勝は亡くなる数週間前に自宅に来た知人にこう語ったといいます。
「何となく死期が近寄ったかと思うよ。人の息が切れた時は、夢の覚めたのと同じ事だろうよ」
「死」を「夢の覚めた」と表現するのですから、さすがですね。勝の死に立ち会った長女は最期の様子を聞かれて「とくに何かは申しませんが、コレデオシマイとだけは申しました」と答えています。「コレデオシマイ」と言い残してこの世を去っていくというのは潔いですね。
実際に死に直面すると、そんなに多くの言葉は語れないと思います。でも、それでいいのです。私が敬愛してやまない太極拳の師、楊名時先生は私の病院で亡くなりました。急を聞いて、病院に戻り、先生の病室に直行すると、先生は眼を閉じて顎で呼吸をしていました。「先生!」と声をかけると、「おお!」と眼を開き、右手を伸ばし、固い握手をしました。普段と変わらない力強い握手です。「おお!」が先生の最期の言葉となったのです。しかし、私はこれで十分でした。