例えば、命の最終段階になると、体が食べ物を受け付けず、人は自然と食べなくなる。特に延命治療をしなければ、自然に命を終えることになる。だが家族の心情としては、「何か栄養を与えたい」=つまり延命治療を行いたいと考える。しかし、それがかえって本人に苦しさを与えてしまう場合もあるという。延命治療は一度始めると中止することが難しい場合もあり、途中で考えを変えたとしても「時すでに遅し」となるケースもある。前出の大軒さんは言う。
「特に病院は基本的に病気を治すための治療をする場所なので、『穏やかな最期を迎えるためにどうしたらいいか』ということにはあまり重きが置かれていません。病院の役割を果たすためにも、死のギリギリまで治療を続け、その結果、苦しさやつらさ、痛さなどを感じながら亡くなってしまう方も少なくありません」
2012年に内閣府が55歳以上の男女を対象に行った意識調査によると、「あなたの病気が治る見込みがなく、死期が近くなった場合、延命のための医療を受けることについてどう思いますか」との問いに対して、「延命のみを目的とした医療は行わず、自然にまかせてほしい」が91%を占めたのに対し、「少しでも延命できるよう、あらゆる医療をしてほしい」は5.1%にとどまった。少なくとも元気なうちは、大多数の人が延命治療を望んでいないことがわかる。
ただ、「延命治療を望まない」という意思があったとしても、それを周囲に伝えておかないと、自分で意思を伝えることが困難な状態になったときに、周囲が知らないばかりに望まない治療を受けることになりかねない。家族や医師に表明しておかないと、周囲がいざというときの判断に困ることにもなってしまう。
こうしたことを避けるために、元気なうちに自分の意思を表明する手段が、「リビング・ウィル(事前指示書)」だ。リビング・ウィルは、終末期に受けたい医療、受けたくない医療について、判断力のあるうちに意思表示しておく“最期の覚書”でもある。昨今は病院の入院時や老人ホーム入居の際に、「延命治療に関する意思確認書」や「終末期医療の事前指示書」といった同様の書類への記入を求められることも増えている。リビング・ウィルには法的な効力はないものの、原則的には、文書に記された意思に基づいた措置が医療現場でも行われる。