「書いて伝えることも私の役目」だという
「書いて伝えることも私の役目」だという

「家族が好きだからでしょうね。10代の頃は“もっと広い世界が見たい”と思っていたし、地元になじめないところもあったんですが、家族のことはすごく好きで。農業とか環境のことより先に、思い出が詰まった場所を残したいんだと思います」

■発信することで農業の未来を変えたい

 では、なぜ愛媛に移住せず、東京に留まるのか?

「実家にいるときは朝から夕方まで農作業で、7時くらいにはぐったり疲れて眠くなってしまうので、一文字も書けないんです。作家と農業の両方を立たせるためには、地元での体験を血肉にして、東京で文章を書くのがいちばんいいバランス。それは私にしかできないことだなとも思います」

 さらに彼女は、「地元で起きていることを伝えるのが私の役目」と言葉を重ねる。 

「東京で“実家の果物が猿に食べられちゃって”と話すと、“大変だね。でも、もともとはすべて人間のせいだからね”と正論を言われることも。農業の問題を理解してくれる人は少ないし、“自分たちの悩みの一端をみんなにも担ってほしい”と思ったのも、この本を書いた理由です」と語る高橋さん。

 この本のはじまりは彼女自身と高橋家の話だが、決してそれだけには留まらない。中小規模の農家の後継ぎ、農薬やF1種のこと、気候変動や地方が抱える経済的な不安。さらに高橋さんは、北海道でジビエや酪農を営む人々を訪ねるなど、幅広い視点で日本の農業について調べ、この先の農業の在り方について試行錯誤を繰り返している。それはもちろん彼女や高橋家だけの問題ではなく、この国で生活する一人一人と密接に結びついているのだ。

 現在彼女のもとには「私も同じような境遇です」という趣旨のメールが次々と送られてきているという。「長崎、新潟などから、親の農地のことや、地元での息苦しさを伝えてくれる人もけっこういて。それぞれの場所で協力してくれる人を見つけて進んでいくしかないですね」という高橋さん。その言葉は我々に「あなたはどうしますか? 何ができますか?」と問いかけている。

(森 朋之)

■高橋久美子(たかはしくみこ)/作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。チャットモンチーのドラマーとして活躍後、2012年より作家に。詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、様々なアーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。また、農や食について考える「新春みかんの会」を主催(2022年は1月9日に配信にて開催決定)。著書に小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ミシマ社)など。2022年5月8日まで、長野県上田市で詩と絵の展覧会ヒトノユメ展を開催中。HP:んふふのふ(http://takahashikumiko.com/

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森朋之

森朋之

森朋之(もり・ともゆき)/音楽ライター。1990年代の終わりからライターとして活動をはじめ、延べ5000組以上のアーティストのインタビューを担当。ロックバンド、シンガーソングライターからアニソンまで、日本のポピュラーミュージック全般が守備範囲。主な寄稿先に、音楽ナタリー、リアルサウンド、オリコンなど。

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