ところが私は3人姉妹の中で一番おてんばで、人間どものスキを見て外出するのが趣味だったのですが、ある日道路で交通事故に遭い瀕死の重傷を負いました。スタッフのお姉さんが動物病院へ連れて行ってくれましたが、重篤でしばらく入院しました。もしかしたら助からないかもとも言われました。なんとか一命を取りとめて事務所に帰りましたが、首にラッパのような変な物をつけられているために2人の姉妹からいじめられる結果になってしまいました。
それを不憫に思ったシン・老人が私だけを彼の家に養女として迎え入れました。それ以来、私はシン・老人の家の子となったのです。事務所と比べると、養子に行った家は大き過ぎて、どこに自分のテリトリーを設定するかに、毎日悩み続けました。両親が野良猫だったので私もそのDNAを受けているのか、家の内外を毎日のように彷徨していました。猫の本能である帰巣本能を働かせれば前の事務所は近いので、すぐ帰ることはできたのですが、道路に出るとまた交通事故に遭うのではと思うと、あんまり道路には出ないようにしていたのですが、やはり帰巣本能が私を前の事務所に呼ぶのです。でもあの2人にいじめられるのが怖いので、シン・老人の家に留まることにしました。私の本当の本名はオテンバですが、シン・老人、今の私の家の主人ですが、名前を縮小してオテンにして、オテンじゃ意味不明だからといって、おでんに改名したらしいのです。そんな訳で私は食物の名前になってしまいました。
今ではこの名前を、主人がエッセイやSNSに書いてくれるので、私はかなり全国区に名が知れわたっているようです。ざっくりした自己紹介ですが、そんなわけで、ウチの主人のシン・老人が、時々私のことを書くと思います。あんなシン・老人ですが、どうぞおみしりおき宜しくお願い申し上げます。ニャンチャッて。
横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰
※週刊朝日 2021年12月31日号