兵庫県明石市長、泉房穂。「こどもを核としたまちづくり」を掲げ、明石市の市長として指揮を執り、市民から支持されてきた。やさしい街づくりを志した原点には、障害のある弟の存在がある。弟に冷たい明石をいつか変えてやると心に決めた。だが、10月12日、市議への暴言の責任を取り、政治家を引退すると表明。任期の来春まで、明石市長として責務を果たす。
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政治には潮時がある。10月12日、兵庫県の明石市長・泉房穂(いずみふさほ)(59)は、市議会で自らへの問責決議が可決された後、「心よりおわび申し上げたい。暴言の責任をとり、政治家を引退したい。あらゆる選挙に立候補せず、違う形で活動したい」と陳謝した。ここが引き際と見極めたのだった。
その4日前、母校、市立二見小学校の創立150周年記念式典に向かう車中で泉は上機嫌だった。思い出話に花が咲き、笑いがあふれる。ところが、会場の体育館に入って、元市議と一言二言交わすと、形相が一変した。顔面を紅潮させて激昂(げきこう)し、居合わせた自民党の市議会議長と公明党の女性市議に「問責なんて出しやがって。ふざけているのか。選挙で落としてやる」「問責決議案に賛成したら許さんからな」と暴言を吐いた。
問責の理由は、全市民への5千円分のクーポン配布を議会が継続審査としたのに「コロナ禍で苦しむ人を待たせてはだめ」と市長の専決処分で即座に実施したこと、大規模工場の緑地率を引き下げる条例を議会が議決した後に再議に付したこと、川崎重工業の課税額を守秘義務に反して「5年連続ゼロ」とツイートしたこと(約10日後に削除)。これらを理由に、自公中心の13議員が「自己の主観のみでものごとを決め、相反する考えは排除する姿勢がみられる。こうした言動は危険で、市長として不適切」と連名で問責決議案を出していた。
市民目線の政治を信奉する泉には、それは「嫌がらせ」と映った。2011年、初の市長選をわずか69票差で勝ち抜き、単身、市役所に乗り込んだ。自身の給与の3割カットや、不良債権まみれの土地開発公社の解散による財政再建を手始めに「こどもを核としたまちづくり」を推し進める。その間、自公議員はことあるごとに反対した。問責決議案を出した13人のうち、少なくとも4人以上は市議選挙で泉に応援を頼んでいる。泉は快く弁士を務めた。しかし、市政の運営でコミュニケーションの齟齬(そご)をきたし、確執は一層深まった。積もり積もった鬱憤(うっぷん)が限界点を超え、暴言が口をついたのである。