一方、岸田さんは安倍さんの業績としっかり向き合っているようには思えません。それでいきなり国葬をやるのは「業績評価なしの国葬」です。だからこそ、私は「私物化」という言葉を使うわけです。私物化は非歴史化、反歴史化とも言えます。

ほさか・まさやす/1939年、北海道生まれ。ノンフィクション作家。「昭和史を語り継ぐ会」主宰。第52回菊池寛賞受賞。著書多数
ほさか・まさやす/1939年、北海道生まれ。ノンフィクション作家。「昭和史を語り継ぐ会」主宰。第52回菊池寛賞受賞。著書多数

■説得力ある業績なし

山本、吉田に継いで安倍さんを国葬にするというのであれば、戦後77年をシンボライズするような安倍さんの業績が不可欠です。首相在任期間が長く、大衆の人気があったというのは「その時代の雰囲気」を表しているにすぎません。安倍さんには50年後の人たちに説得力のある形で提示できるような業績が浮かびません。

安倍さんが首相在任中に行ったことは、憲法改正を声高に訴えたり、集団的自衛権の行使容認に踏み切ったり、内閣法制局長官を自分に都合の良い人物に入れ替えて法解釈を変える、といったことです。つまり、安倍さんがやろうとしたことは、日本が現代史の中で培ってきた政治の枠組みを壊すことです。

岸田政権の政策の骨格が依然として見えないなか、国葬実施の判断は岸田首相の政治に対する向き合い方を映し出した面もありました。宏池会は自民党の中でも政治的なバランスの取れた派閥集団だと思い、私は個人的にかなり期待していました。実際、それだけの人材もかつてはいました。宏池会が自民党の中に存在することで、与党が一方向に傾かない役割を果たしてきたと思います。その宏池会を引き継ぐ岸田さんには宏池会のカラーや政策の幅は全く出てこない。というより、対極にいると受け止められるのが今回の国葬の発想だと感じています。

私は以前、執筆のため宏池会の創成期のメンバーからじっくり話を聞く機会がありました。二度と戦争を起こしてはいけないという視点に立脚し、軍備は軽武装にとどめ憲法の枠の中に抑え込んでいく一方、経済で日本を復興しようという意識が根底で共有されていました。そんな日本の保守リベラルを代表する宏池会の思想を岸田さんは全く継いでいない。今回国葬を決めたことは、現代史の良質な部分を削ろうとする安倍さんの思想や政策を肯定しているのと同義です。安倍さんのような政治家を国葬で、と言うのであれば、「岸田さん、あなたはその思想に立っているんですね」「あなたはその思想が現代史の大事な思想だと思っているんですね」ということになります。そうすると、あなたは宏池会じゃありませんよ、と私は言いたい。つまり、保守リベラルなんかじゃない、ということです。

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