メモリークリニックのデイケアプログラムには芸術療法や音楽療法、シナプソロジー(同時にいくつかのことをするデュアルタスク)や認知トレなどさまざまなメニューがあるが、學さんと打ち合わせて最初は木曜日の本山式筋トレのレッスンを共にすることになった。85歳と言うが信じられない。姿勢がいい。柔軟体操をすれば筆者より体が柔らかい。
参加者はトレーニング用の室内履きを持参するのだが、學さんはダンスシューズのような洒落(しゃれ)た履物を取り出した。
「数十年前に舞台稽古の時に履いていたもので、もう履くことはないと思ったのですが、今回思わぬところで役に立ちました」
コロナ禍のためこの日、本山式筋トレは残念ながら録画を見ながらの運動。器具は使わず自分の力を最大限に利用して鍛える筋肉に負荷をかける。この時に感覚神経が痛みを感じて脳に刺激を与えて活性化させるというのが本山理論である。認知障害がある人は感覚神経が脳につながっていない人が多いそうだ(筆者も最初、つながっていなかったのか感じ方が鈍かった)。學さんの顔が思いっきり歪(ゆが)む。痛みを感じなければ意味がない運動だから、この苦悶の表情はいい兆候。まさか演技ではなかったはず。
學さんのテレビドラマや映画、舞台などでの活躍ぶりは山ほどあるが、中でもよく知られているのは「白い巨塔」の内科医・里見脩二役だろう。山崎豊子原作の『白い巨塔』はこれまで何度も映像化されているが、學さんが出演したのは伝説の1978年バージョンである。主演・田宮二郎(田宮二郎が最終回直前に猟銃自殺。それまでも高かった視聴率は最終回に30%超となった)。
大学医学部の次期教授をめぐる権力闘争を描いた物語だった。食道噴門がんの権威、外科助教授・財前五郎役の田宮二郎にたいして患者第一主義のライバル、里見内科助教授を學さんが演じた。患者思いのヒューマニストで、里見助教授ファンが激増したと言われている。學さんは言う。